1月10日は、歌手・女優・タレント・実業家の佐良直美(さがら なおみ)の誕生日です。1967年5月に「世界は二人のために」でレコードデビュー、120万枚売り上げの大ヒット。その後女優として石井ふく子組の一員として多数のドラマに出演。1980年のスキャンダルの影響で芸能活動を長期休業し実業家へ転身した。近年ではCD発売したりYouTube更新もされているようだ。
佐良 直美(さがら なおみ、1945年1月10日 - )は、日本の女性歌手・タレント・女優・作曲家である。現在は主に実業家として活動する。本名:山口直子。出生名は川田 納堡子(かわだ なほこ)だが、幼少期に両親が離婚。母方の祖父母の養女となり、山口姓となる。現在は戸籍名を芸名と同じく佐良直美に改名している。日本芸術専門学校特別講師。
1967年5月には作曲家いずみたくが主宰する芸能事務所「株式会社オールスタッフプロダクション」に所属し、日本ビクターより「世界は二人のために」でレコードデビュー。120万枚を売り上げ、第9回日本レコード大賞の新人賞を受賞し、同年の第18回NHK紅白歌合戦(NHK総合・ラジオ第1、#NHK紅白歌合戦出場歴参照)に初出場する。「世界は二人のために」は翌1968年、第40回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に採用された。
1969年に「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞し、女性歌手初の日本レコード大賞新人賞・大賞受賞者となる。1970年に芸術選奨新人賞を受賞する。
1971年にオールスタッフプロダクションから独立し、(株)佐良直美音楽事務所を設立する。
歌手としてだけでなく、作曲(テレビドラマの音楽も担当)、タレントとしてのバラエティー番組への出演やテレビ番組の司会、女優としても石井ふく子組の一員として『ありがとう』(TBS)に出演するなど、多方面で活躍した。
1980年にタレントのキャッシーとのスキャンダル報道がされて以後は、次第に芸能活動から遠ざかり、同年のNHK紅白歌合戦も落選した。
歌手活動は、1983年9月21日に発売したEP「YASUKOの場合/夕顔」が昭和時代最後のレコード発売となった。
1987年ごろから歌手業を含めた芸能活動を長期休業し、実業家へ転身した。
1993年から栃木県那須塩原市で家庭犬のしつけ教室『アニマルファンスィアーズクラブ (AFC)』を主宰する。
2010年9月24日、新聞で27年ぶりに歌手復帰することが報じられた。平成時代に入ってからは自身初の、CDシングル「いのちの木陰」を2010年11月24日に発売する。
2013年3月20日、2年半ぶりとなる新曲「お・か・え・り」が発売。
2022年11月25日より自身のYouTubeチャンネル『佐良直美のいいじゃないの幸せならば』を開設し、現在の生活ぶりやステージの様子、芸能界での思い出話などの動画を配信開始。引用元:佐良直美 - Wikipedia