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2025年3月2日日曜日

ルー・リード



3月2日は、アメリカ出身のロックミュージシャン、ルー・リード(Lou Reed)の誕生日です。1965年にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成。1967年に「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」でデビュー。1970年に脱退後ソロで活動。シングル「ワイルド・サイドを歩け」などのヒット曲を持つ。時代やアルバムごとにアプローチを転換しながら、その強烈な個性によって作品をあくまでポピュラーなロックサウンドとして成立させる手腕を見せる一方、アプローチ転換の結果としてファンやプレスを当惑させるような「問題作」も発表した。2013年10月27日、肝臓疾患の関連病のため自宅で死去。71歳没。

ルー・リード(Lou Reed、1942年3月2日 - 2013年10月27日)は、アメリカ合衆国のロック・ミュージシャンである。本名ルイス・アレン・リード (Lewis Allen Reed)。

1960年代にロック・バンドのヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成してデビューし、1970年にソロ活動を開始して、同時期にデビューしたデヴィッド・ボウイを始めパンク・ロック/ニュー・ウェイヴ、オルタナティヴ・ロック、ひいては音楽界全体に計り知れない影響及ぼした。ボブ・ディランと並びロック・ミュージックにおける芸術性の向上、そのイノヴェーションに多大な貢献を果たした、20世紀以降における最も重要なアーティストの一人である。

1996年にヴェルヴェット・アンダーグラウンド名義、没後の2015年にソロ名義で『ロックの殿堂』入りを果たした。

前衛性とポップさを兼ね備えた斬新かつ挑戦的な音楽性、陰翳と知性に富みながらも様々なスタイルを持つボーカル、音像を形成する上で欠かせないオリジナリティ溢れる独創的なギター・プレイ、人間の暗部を深く鋭く見つめる独特の詩世界を持つ類まれなるミュージシャンである。

ロックンロール、フォーク、ソウルなどのトラディショナルなポピュラー音楽を源流に持ちながら、時に個性的なボーカルやギターを無視してまでも時流とも向き合いつつ我が道を歩み続けている。時代ごとにパートナーを一新してはアルバムごとに特色を打ち出す、多彩な音楽性を往還しながらあくまでもそれらをロックとして成立させる、いくつかの例外を除いて一貫して自作の詩を重視するなど、多くの偏屈とも言えるこだわりを堅持し続ける彼の信奉者はいまだに多く、現在もなおファンや音楽評論家、他のミュージシャンから広く賞賛を浴びている。

2013年に入ってから肝臓の移植手術を受けたことがメディアで報じられた。術後に妻ローリー・アンダーソンとの外出写真が出るなどしたが、10月27日、肝臓疾患の関連病のためニューヨーク州サウサンプトンにある自宅で死去。71歳没。

引用元:ルー・リード - Wikipedia



















2022年9月13日火曜日

デイヴ・ムステイン (メガデス)



9月13日は、アメリカのヘヴィメタルバンド「メガデス」の主宰でボーカル・ギタリストのデイヴ・ムステインの誕生日です。

デイヴ・ムステイン(Dave Mustaine、1961年9月13日 - )は、アメリカ合衆国出身のロックミュージシャン、シンガーソングライター。

ヘヴィメタル・バンド「メガデス」の主宰として知られる。スラッシュメタルを通じたテクニカルな音楽スタイルの発展に大きく寄与し、同グループを世界的な成功に導いた。

1961年9月13日、米国カリフォルニア州サンディエゴ郡ラメーサにて生まれる。家庭の問題から15歳で実家を離れ、マリファナを売ることで生計を立てる。また、当時のガールフレンドが勤務先のレコード店から盗んだレコードと自分のマリファナを交換することでハードロック、ヘヴィメタル、ハードコア・パンクなどの音楽に触れる。ギターを本格的に弾き始めたのもこの頃で、「パニック」というバンドに参加し音楽活動を始める。

1981年、ロサンゼルスの地元紙『リサイクラー』にてリードギタリストを募集していた「メタリカ」に加入。リード・ギタリストとしてのみならず、メイン・ソングライターとして、バンドに多大な貢献をした。その一方で、ラーズ・ウルリッヒとは、共通の音楽的趣向をもちつつも、互いの強烈な個性がぶつかり合い、しばしば葛藤を抱え、緊張状態に陥った。1983年4月11日、「メタリカ」はファースト・アルバムのレコーディングのためにニューヨークへ向かうが、現地に着くとメンバーはムステインに解雇を宣告。強制的に荷物をまとめさせると、ロサンゼルス行きのバスに押し込んだ。

失意の中ロサンゼルスに戻ったムステインは、メタリカを見返すため彼らを越えるバンドを作ることを決意。同じアパートの下の階に住んでいたデイヴィッド・エレフソンとの出会いがきっかけとなり(エレフソンが夜中までベースを弾いていた事に腹を立てたムステインが、植物の鉢を窓から投げ捨ててエアコンを壊したことがファーストコンタクトだった)、1983年に「メガデス」を結成。オーディションを重ねても適任者が見つからなかったため、自身がギターを弾きながらヴォーカルを担当することになった。

1985年に『キリング・イズ・マイ・ビジネス』でデビュー。「メガデス」の人気は1990年発表の4作目『ラスト・イン・ピース』で頂点に達し、リードギタリストにマーティ・フリードマンを加えたことでメンバーも固定化された。1990年から1995年まで6年連続でグラミー賞の「ベスト・メタル・パフォーマンス」にノミネートされるなど、一流アーティストとしての地位を不動のものとした。私生活でも1991年に結婚、1994年には娘が産まれている。

2019年、咽頭がんの発症を公表。今後のスケジュールの大半を白紙にし、治療に専念しながら作品の制作は継続していたが、翌2020年1月から現場に復帰した。

引用元:デイヴ・ムステイン - Wikipedia




メガデス (バンド) - Wikipedia



2022年8月3日水曜日

ジェイムズ・ヘットフィールド (メタリカ)



8月3日は、アメリカのヘヴィメタルバンド「メタリカ」のリードヴォーカル&ギタリストとして知られる、ロックミュージシャン・シンガーソングライター・ギタリストのジェイムズ・ヘットフィールドの誕生日です。

ジェイムズ・アラン・ヘットフィールド (英語: James Alan Hetfield、1963年8月3日 - )は、アメリカ合衆国出身のロックミュージシャン、シンガーソングライター、ギタリスト。身長185cm。

同国のヘヴィメタル・バンド「メタリカ」のフロントメンバー。ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」第87位。

1963年8月3日に、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスにて生まれる。

1981年にラーズ・ウルリッヒが掲載したバンドメンバー募集の新聞広告に応え、そこからメタリカを結成。

1992年8月8日、ガンズ・アンド・ローゼズとのスタジアムツアーでのメタリカのステージで、"Fade to Black"のオープニングにおいてパイロテクニクスの事故が発生し、腕や顔などにII〜III度の大やけどを負う。事故後わずか17日でステージへと戻り、その後4週間、ライヴではジェイムズがヴォーカルのみを担当し、リズム・ギターをメタル・チャーチのギタリスト、ジョン・マーシャルが代行した。

2000年、アルバム『セイント・アンガー』収録作業中にアルコール依存症に陥り、リハビリ施設に入所。後に本人は「人生の中で最も恐ろしいひと時だった」と回想している。

速くて重いスラッシュメタルでの演奏を得意とする。メタリカの曲のリフの多くは彼が作り出したものであり、ギター雑誌などでは「リフマスター」の異名が与えられた。リードはそれほど得意ではないためか、メタリカでのソロの多くはカークが担当する。特に、レコーディングにおいては役割分担がはっきりしており、かつてはリズムギターの左右両パートともジェイムズが演奏していた。

ボーカリストとしては野太い声が特徴。ハイトーンで歌うことは現在ではほとんど無いが、1stアルバム『キル・エム・オール - Kill 'Em All - 』の頃には、ハイトーンのシャウトを多用していた。年を経るごとに野太く高音の出にくい歌い方へと変化していったが、他のポピュラー・ミュージックのヴォーカルと比べ特段音程が低いわけでない。ボーカリストとしての音楽性を見出したのは、アルバム『メタリカ』といわれている。

引用元:ジェイムズ・ヘットフィールド - Wikipedia




メタリカ - Wikipedia



2013年9月1日日曜日

Enter Sandman

Metallica:Enter Sandman…メタリカが1991年に発表した5thアルバムMetallica通称Black Albumからシングルカットされ結果的にメタリカ最大のヒット曲となった。

自分的にいちばんメタルを聴いていた時期に正直このヘヴィネスは衝撃的だった。メタリカと言ったら所謂スラッシュメタルバンドにカテゴライズされていたバンドなのだがこの曲を初めて聴いたときの重くダークでありながらメロディ自体は結構ポップだったりするのがかなりハマッてしまって一時期このBlack Albumばかり聴いていたな。しかしメタリカは当時正直あまりハマらなかった。スレイヤーやメガデスなどは後追いで1stアルバムからきちんと聴いたものだが、今でも理由は分からないが不思議とメタリカには手が出しづらかった。初めて聴いたメタリカが4thアルバムの…And Justice for Allだったのだけどファンにとっても特殊な作品で今の耳で聴いてもアレー?な感じで少なからずこのアレー?な感じに影響を受けてしまったようだ。しかしこのBlack Albumは初めて聴いたときからハマってしまった。スラッシュ色はないけどヘヴィな音が好みの人は絶対ハマる。しかしこれがもうすでに22年前の音なのですね。自分も年を取るはずだわ。




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