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2025年12月8日月曜日

マーティ・フリードマン (元 メガデス)



12月8日は、アメリカのギタリスト・タレントで現在は日本在住のマーティ・フリードマン(Martin Friedman)の誕生日です。元「メガデス」のギタリストとして1990年に加入し4枚目のアルバム「ラスト・イン・ピース」から8枚目のアルバム「リスク」まで参加しバンドの全盛期を支える。ソロとしても活動し現在は日本に在住する。

マーティン・アダム・フリードマン(英: Martin Adam Friedman、1962年12月8日 - )は、アメリカのギタリスト、音楽評論家、タレント。

現在は日本に拠点を置き活動する。

幼少の頃のアイドルはキッス、ラモーンズ、エンジェル、エルヴィス・プレスリーなど。特にキッスに関しては「世界最高のハードロック・バンド」と述べている。

ビートルズが嫌いである。理由としてドラッグとヒッピーといった退廃的な文化をアメリカに広めたため、とのことである。しかし、ビートルズやニール・ヤングの影響が大きい奥田民生のサウンドやビートルズの作曲能力の高さは認めている。なお、2016年11月2日にオーチャードホールで開催された元ビートルズのリンゴ・スターのコンサートの最後の2曲(With A Little Help From My Friends/Give Peace A Chance)にゲスト参加し、スティーブ・ルカサーとリンゴ・スターの間でギターを弾いた。

メガデス時代に来日した際、街で流れていたB'zの「Liar! Liar!」に衝撃を受け、近くにいた人に「誰の曲?」と聞き、すぐにCDを買いに行ったというエピソードがあり、それ以来B'zのファンである。

ハードロック、ヘヴィメタルの元祖と称されるレッド・ツェッペリンのこともあまり好きではない。テレビ朝日「タモリ倶楽部」空耳アワード2009(2009年4月4日放送)出演時の本人の発言。

ディープ・パープルに関しても「僕はクラシック音楽が大好きだから、パープルを聴くと悲しくなっちゃうんだ」と発言していたが、2016年にジャズピアニストの西山瞳による「ハイウェイ・スター」のカヴァーについては、原曲からかけ離れた大胆なアレンジを施すも原曲に対するリスペクトがあると口にしている。ドイツのハロウィンに関して「歌詞がダサい」、バンド名にHellを入れていることについて「バンド名が五歳児並の駄洒落バンド」と否定的な意見を述べた。

基本的に「さわやか系のオーガニックロック」が苦手で、ジャック・ジョンソンの人気には全然共感できないと語っている。曰く「そういう曲って軽いBGMとして最適じゃん。だけど、僕が音楽に求めているのは、もっと深いところでの癒しや感動なんだよね」。

ハワイ在住時に、ラジオから流れた演歌に惹かれ、自身のギタースタイルも大きく影響を受けている。

高崎晃の大ファン。自身のライブ帰りにハワイのビーチで目撃し話しかけたことがある。高崎はその事を覚えているのにマーティは何故か覚えていない。

日本のテレビ番組『ヘビメタさん』では演歌歌手の八代亜紀と共演し、マーティがヘヴィメタル調にアレンジした「雨の慕情」を披露したこともある。

活動初期のHawaiiのアルバム『The Native Are Restless』では、「Omichan no Uta」なる題名で「さくらさくら」のカヴァーを演じている。

NHKの『英語でしゃべらナイト』の2006年11月17日の放送ではB'z、ZARD、相川七瀬、パフィー、広瀬香美等を聴いていると発言し、J-POP好きをアピールした。

自身がコラムの連載を行っている『日経エンタテインメント!』の2007年9月号には、坂井泉水への追悼特別付録として「ZARDメモリアルBOOK」が付き、ここに同誌で毎月連載している「J-POPメタル斬り」の番外編と称して、2ページに亘ってマーティのZARDにまつわる秘話やZARDの音楽評論を掲載した。最も好きなシングル曲は「きっと忘れない」である。

中田ヤスタカのプロデュースによるPerfumeの楽曲もそのメジャー・デビュー時より注目し、大いに気に入っているJ-POP楽曲として「ポリリズム」を挙げた。また、平原綾香の「孤独の向こう」なども挙げている。

母国語レベルではないものの日本語を流暢に話し、語彙も豊富。ただし、相川七瀬の喋る大阪弁が理解できず最初はわかったふりをしていたという。

日本語での口癖は「いいじゃん!」「アゲアゲじゃん!」。

引用元:マーティ・フリードマン - Wikipedia























2025年9月6日土曜日

ROLLY (ローリー寺西・すかんち)



9月6日は、ロックミュージシャン・ギタリスト・プロデューサー・俳優のROLLY(ローリー)の誕生日です。旧芸名はローリー寺西。ロックバンド「すかんち」のギタリスト兼リードボーカリストとしても有名。ソロで音楽活動や音楽プロデュースを行うほか、ユニークなキャラクターを活かしタレントや役者としても活動する。

ROLLY(ローリー、1963年9月6日 - )は、日本のロックシンガー、ギタリスト、音楽プロデューサー、俳優。旧名はローリー寺西(ローリーてらにし)および寺西 一雄(てらにし かずお:本名)。身長171cm、体重55.5kg。既婚。従弟はシンガーソングライターの槇原敬之。

ロックバンド・すかんちのボーカル兼ギターとしてデビュー。当時はローリー寺西を名乗っていた。グラムロックを取り入れた音楽とユニセックス風のビジュアルで人気を博す。中でも楽曲「恋のマジックポーション」と「恋のミラクルサマー」は、フジテレビの番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』のテーマ曲に採用されて注目を浴びた。1989年には、従弟(母の弟の息子)の槇原敬之がAXIAのオーディションに応募する際に作成したデモテープにサポートギタリストとして参加している。このデモテープは1990年3月にグランプリを受賞した。

すかんちの解散後は芸名をROLLYと改め、ソロで音楽活動や音楽プロデュースを行うほか、ユニークなキャラクターを活かし、タレントや役者(自称する肩書きは「エンターティナー」)としても活動、バラエティ番組・CM・映画・演劇などにも数多く出演。また有数の海外ロック通としても知られ、BS放送などでのロック特集にはコメンテーターとして出演することも多い。また、槙原プロデュースによる本名の寺西一雄名義での楽曲リリースもある。

CSチャンネルでは自身の冠番組『ROLLYキングダム』に出演していたが、ミュージシャンたちをテーマにした音楽番組的な企画を展開する一方で、ヌード写真撮影会を開催するなど過激な企画も展開していた。

すかんち解散から10年後の2006年、かつてのメンバーらとともにすかんちを再結成し、2日間のみの再結成ライブツアーを行った。2007年にも再結成後2度目のライブツアーを実施。また、2008年には佐藤研二(元マルコシアス・バンプ)と高橋ロジャー和久(元X-RAY)とともにTHE 卍を結成し、同名のCDを発売した。2009年の大晦日に放送された『第60回NHK紅白歌合戦』には、平原綾香のサポートギタリストとして出演。演奏曲は『ミオ・アモーレ』。

フェルナンデス、グレコのギターを愛用し、バンド時代後期には「ROLLY」の文字を象ったギターがトレードマークだった。しかし、バンド時代を通じ、ライブやレコーディングでは音質を含む演奏性からグレコ製のギターを使用することが多かった。

ジョニー・ウィンターのライブアルバムでの演奏を聴いて以来、「すごいギタリストはワンパターンだ」という信条を持つようになった。聴いた瞬間にその人物だとわかるような演奏をすることが理想だという。その他、エース・フレーリー、ウリ・ジョン・ロート、ブライアン・メイ、石間秀樹、山本恭司、寺内タケシなどからの影響を公言している。

引用元:ROLLY - Wikipedia

























2024年4月16日火曜日

なぎら健壱



4月16日は、シンガーソングライター・俳優・タレントのなぎら健壱(なぎら けんいち)の誕生日です。本人はタレントやバラエティ色が強いが、1970年代から活動しているフォークシンガーである。

なぎら 健壱(なぎら けんいち、1952年〈昭和27年〉4月16日 - )は、日本のシンガーソングライター、俳優、タレント。本名は柳楽 健一(読みは芸名と同じ)。旧芸名・なぎら けんいち。

東京都中央区銀座(旧・木挽町)出身。血液型はO型。

長男は、ヒップホップユニットのREMのボーカルであるeito.08(柳楽詠人)。弟子に中里トシ、田代ともや、プロフェッサー佐藤がいる。

高石友也に感化され、アングラフォークに目覚める。後に五つの赤い風船の西岡たかしや、高田渡に影響を受ける。1970年岐阜県の中津川で行われた全日本フォークジャンボリーにアマチュアとして飛び入り参加し(同年ひがしのひとしも同じく参加している)ライブ盤に収録された。なぎらが注目されたのは1971年の第3回全日本フォークジャンボリーだった。おもむろにステージに登場したなぎらはアングラ・フォークの名作・加川良の「教訓I」を「いもちゅうは六十度…」と歌詞を変えて歌い、大ウケ。以降、替え歌の名人と異名を取り、吉田拓郎の大ヒット曲「旅の宿」を「土方のきみは木綿のふんどし 冷焼酎の首つまんで もう一発いっぱいいかがなんて みょうに色っぽいね」と歌った「旅のドヤ」は名作とされる。

1972年『万年床』でアルバムデビュー。

なぎらの名前を全国に轟かせたのが1974年1月25日にリリースしたシングル「悲惨な戦い」だった。同曲はフィクションにもかかわらず実話と聴き手は錯覚してしまうほどよく出来ており、日本相撲協会が「国技をなめているのか」とカンカンに怒り、発売元のエレックレコードがそのことを宣伝のネタに使い、ますます怒りを買った。この影響か不明ではあるが、放送禁止歌になり、ラジオやテレビから締め出された。

1976年日本青年館での実況録音盤『永遠の絆』は、司会のタモリ、生田敬太郎、大塚まさじ、加川良、斉藤哲夫、シバ、高田渡、よしだよしこ、渡辺勝らが盛り立てた。1982年には坂田おさむとユニット「フォークマン・ブラザーズ」を結成し、活動した。

1976年に出演した『嗚呼!!花の応援団』(日活)での薬痴寺先輩役で注目を浴びて以降、役者としても活動している。

音楽活動では1990年代後半以降、カントリー、ブルーグラス色の強い作品を発表。カーター・ファミリー・ピッキングを行う数少ないシンガーの1人である。

現在も吉祥寺、横浜などを中心にライブ活動を続け、時に地方公演も行う。テレビ番組やライブの曲間に語る話には常軌を逸したものが多く、「いい加減なことを言う」「平気で(ネタとして)嘘を言う」キャラクターといわれているが、本人は「実際に見た話。〈おかしなもの〉にアンテナを張っているから見える」と語り、自らの本職を「語り部」と称している。また、本人は「いい加減さは高田純次さんの方が上」とも言っている。

引用元:なぎら健壱 - Wikipedia

















2023年10月22日日曜日

石山蓮華



10月22日は、女優・タレント・ラジオパーソナリティーの石山蓮華(いしやま れんげ)の誕生日です。文筆家や電線愛好家といった一面も持つ。

石山 蓮華(いしやま れんげ、1992年10月22日 - )は、文筆家、俳優、電線愛好家、ラジオパーソナリティ。所属事務所はJungle。過去の所属事務所はアミューズ。埼玉県出身。

埼玉県出身。埼玉県立浦和東高等学校、武蔵大学卒業。

小学生時代から放送委員会で活動、大学生時代も「武蔵大学 放送会」に所属していた。

『ちゃお』(小学館)誌上の「ニーナをさがせ!!モデルオーディション2003」にて、審査員特別賞を受賞。この時の同期受賞者は水沢エレナであった。

「蓮華」という名前は、父親がレゲエ好きだったことに由来する。

Instagramには自身の愛好する電線、ケーブル、配線の画像を多数掲載している。2022年6月には日本電線工業会より正式に電線アンバサダーに任命される。

アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』『攻殻機動隊シリーズ』の影響で、古い建物や廃墟、工場や路地などに魅かれるようになった。

特技は、新体操、ダンス、ホーミー。

文筆家として『Rolling Stone Japan』(CCCミュージックラボ)、『月刊電設資材』(電設出版)、『電気新聞』(日本電気協会)、『ウェブ平凡』(平凡社)、「She is」、『母の友』(福音館書店)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに連載・寄稿をしている。 2021年6月には、初の著書『犬もどき読書日記』(晶文社)を出版した。

引用元:石山蓮華 - Wikipedia






こねくと - Wikipedia (2023年4月3日 - 、TBSラジオ)メインパーソナリティー




ZIP!(2013年4月 - 2019年3月)日本テレビ



2023年7月19日水曜日

原田芳雄



7月19日は、俳優・歌手の原田芳雄の命日です。2011年7月19日没。71歳。

原田 芳雄(はらだ よしお、1940年(昭和15年)2月29日※公称 - 2011年(平成23年)7月19日)は、日本の俳優、歌手。

東京府東京市の下町(現:東京都台東区三ノ輪)生まれ(足立区出身とも言われている)。ギルドB所属。紫綬褒章はじめ、俳優として各種表彰受賞。息子はギタリスト・原田喧太。娘は女優・原田麻由。

本所工業高校を経て1962年に俳優座養成所に14期生として入団。ただし養成所の授業料を払えなくなって1年留年したため、15期生として卒業(後年「花の15期生」と呼ばれた)。この頃月謝滞納により大手ホテルで花屋のバイトもしていたこともあり、長嶋茂雄の結婚披露宴の飾りつけを行っている。劇団俳優座準座員を経て座員となる。

1967年に『天下の青年』(フジテレビ)でデビューし、翌1968年には『復讐の歌が聞える』で映画デビューを果たす。デビュー当時こそ純朴な青年風なキャラクターだったが、その後浅黒いワイルドなアウトロー風キャラへと大々的なイメージチェンジを図り、その風貌を印象づけていった。

テレビドラマ『冬物語』で脳腫瘍に冒されたテストドライバーを演じて人気を博し、女性視聴者から助命嘆願が殺到した。1974年には映画『竜馬暗殺』で主役の竜馬を演じ、ワイルドで大胆不敵な演技により「竜馬役の新境地を開いた」と評された。

その後も圧倒的な存在感と的確な演技力を武器に、日本を代表する映画監督はもとより若手の監督からも絶大な信頼を受け、生涯で100本を超える映画に出演。原田の仕種や台詞廻しに影響を受けた俳優も多く、松田優作は一時期その一挙手一投足を研究し、模倣したとも言われる。その一方で年齢とともに演技力は円熟味を増し、宮沢りえとダブル主演した『父と暮せば』の演技をめぐっては「動的な笠智衆」(的田也寸志)とも評された。

キャリアと共に数多くの映画賞を受賞する一方、2003年には、功績が讃えられ紫綬褒章を受章。他にも独特の渋い声を生かして映画などのナレーションを担当したり、ミュージシャン・ブルース歌手としても数多くの作品を発表し、精力的にライブ活動を行うなどの活躍をみせた。また『タモリ倶楽部』などのバラエティ番組にも出演。

2011年7月19日午前9時35分、肺炎のため東京都内の病院で死去。遺作は自らが企画し、映画化を進めた『大鹿村騒動記』(死去3日前の7月16日に封切)。2011年7月11日に都内で行われた同映画のプレミア試写会で、長女が押す車椅子で登壇した姿が公での最後となった。

引用元:原田芳雄 - Wikipedia













2020年8月22日土曜日

タモリ


 8月22日は、お笑いタレントや司会者として長年に渡り活躍されているタモリの誕生日です。


タモリ(1945年(昭和20年)8月22日 - )は、日本の男性お笑いタレント、漫談家、司会者。本名は森田 一義(もりた かずよし)。福岡県福岡市南区市崎出身。

所属する芸能事務所は田辺エージェンシー。ビートたけし、明石家さんまと共に、日本のお笑いビッグ3の一角を担う。

引用元:タモリ - Wikipedia





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