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2026年1月14日水曜日

松居直美 (タレント)



1月14日は、タレント・歌手・女優・ものまねタレントの松居直美(まつい なおみ)の誕生日です。アイドル演歌歌手としてデビューしたが、「欽ドン!良い子悪い子普通の子」に出演したことでバラドルとしての人気も得る。「ものまね王座決定戦」では得意のモノマネを生かし所謂「ものまね女四天王」と呼ばれた。「はやく起きた朝は…」での泣きのトークも絶妙である。

松居 直美(まつい なおみ、1968年1月14日 - )は、日本のタレント、歌手、女優、ものまねタレント。ゴールデンミュージックプロモーション所属。

中学2年生で『歌まね振りまねスターに挑戦!!』(日本テレビ)に出演。そのまま芸能界にスカウトされ、谷田部町立高山中学校(現:つくば市立高山中学校)在学中の1982年に『電話のむこうに故郷が』で歌手デビューする。

もともとアイドル演歌歌手だったが、『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(フジテレビ)のコーナー「良いOL・悪いOL・普通のOL 」で「普通のOL」役に起用され、素人っぽさの残る動きや茨城訛り、アドリブのやり取りなどがお茶の間に浸透する。コーナーも出演者も瞬く間に人気となり、OL役3人で「よせなべトリオ」を結成してレコードデビューまで至る。

「よせなべトリオ」のデビュー曲『大きな恋の物語』はオリコンで最高位8位・16万枚を越すヒットを記録。

『ものまね王座決定戦』(フジテレビ)では得意のモノマネを生かし、松本明子・篠塚満由美、他一名とともに「ものまね女四天王」と呼ばれた(定番は坂本冬美や石川さゆり、都はるみなど)。

1994年6月、声帯ポリープ摘出手術のため入院する。当時レギュラー司会を務めていた『おそく起きた朝は…』(フジテレビ)は収録日の都合から休まず出演できた。

『はやく起きた朝は…』(フジテレビ)で長年共演している磯野貴理子、森尾由美とプライベートでも親交があり、森の磯松というユニットも組んでいる。

引用元:松居直美 (タレント) - Wikipedia

























2025年12月6日土曜日

車だん吉



12月6日は、タレント・俳優の車だん吉(くるま だんきち)の誕生日です。1966年にいわたがん太とコンビを組みコント55号の弟分として「コント0番地」を名乗り、たんくだん吉と名乗り活動していた。のちに車だん吉と改名。主に端役として活動していたが「お笑いマンガ道場」にレギュラー出演したことで全国的に有名になる。以降現在まで活動を続ける。

車 だん吉(くるま だんきち、1943年12月6日 - )は、日本のタレント・俳優・漫画家。本名:白沢 力(しらさわ つとむ)。浅井企画所属。愛称は、だんちゃん。

東京都、現在の江東区生まれ、千葉県佐倉市在住。立正大学経済学部卒業。身長177cm。

1966年3月、大学卒業後に左とん平に弟子入りしたところ、左に浅井企画を紹介され、事務員として入社。萩本欽一が主宰していた劇団・東京新喜劇の劇団員だったいわたがん太(のちに岩がん太→岩だん吉と改名)とコンビを組むことになり、芸人に転身した。コント55号の弟分として「コント0番地」を名乗っていた。当時の芸名はたんくだん吉で、はかま満緒の命名による。これは「顔がマンガみたいだから」との理由で、『タンクタンクロー』と『冒険ダン吉』からのもじりである。

同じ事務所の坂上二郎が三船敏郎主演のテレビ時代劇『荒野の素浪人』に出演する際に、抱き合わせ出演を依頼した。しかし番組制作側に芸名に難色を示された事から、「たんく」→「戦車」→「車」と改名した。

コント55号全盛時には、岩と共に萩本と「同棲」して、彼の身の回り一切を支えていた。しかし、岩が起業(当初魚屋、のちラーメン店へ転業)のため芸能界を引退し、コンビを解消。その後も車は芸能人として活動を続ける。

1976年から1994年まで放送された中京テレビのバラエティ番組『お笑いマンガ道場』で全国的に有名となり、プロ顔負けの漫画を披露し、人気を博した。マンガ道場での共演者であった漫画家 鈴木義司、富永一朗の推薦を受け、漫画家活動も行っており、漫画雑誌「わんぱっくコミック」や欽ちゃんの4コマ漫画おまけ付きい!(週刊漫画サンデー)などに漫画を掲載したこともある。

老女に扮する芸を持ち、九州を中心に活動したばってん荒川、吉本新喜劇の桑原和男と並ぶ「お婆さんキャラ」を持つ。また、役者としても様々なドラマ・映画に出演している。

日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』ではかつて約2か月おきに出演し、「ミスターぶらり旅」の異名を取っていた(初代ナレーターだった滝口順平の逝去以後出演取りやめ)。

また声優として、『ピタゴラスイッチ』の百科おじさんの声を担当していた。初代の名古屋章から数えて三代目であった。

コントグループ「東京03」のメンバー・飯塚悟志は親戚。

引用元:車だん吉 - Wikipedia















2023年6月17日土曜日

中原理恵



6月17日は、元歌手・女優・タレントだった中原理恵の誕生日です。1978年に歌手としてデビュー、80年代にはタレント・女優として活躍、2000年ごろまで活動。

中原理恵(なかはら りえ、1958年6月17日 - )は、日本の元歌手・女優・タレント・司会者。かつて田辺エージェンシーに所属していた。本名は目加田 貴美恵(めかた きみえ)。

1978年、CBS・ソニーからアルバム『TOUCH ME』で歌手デビュー。アルバム発売後にリリースされた1stシングルの「東京ららばい」が大ヒット。デビュー当時19歳だったが、大人っぽい曲調に合わせるためなのか、年齢を2歳上に偽っていた。年末には、第20回日本レコード大賞新人賞など数々の新人賞を受賞し、第29回NHK紅白歌合戦にも「東京ららばい」で出場。第二弾「ディスコ・レディー」もヒットとなる。

芸名は既に高校生時代に自ら考えていたというもので、本名が6文字で長いので、4文字で明るく軽い響きの名前に憧れていたということで姓名判断の字画も自分で調べて名付け、この名前で友人たちと呼び合って遊んでいたりしていたという。

1981年から1982年にかけて、フジテレビ系列『欽ドン!良い子悪い子普通の子』の人気コーナー「良い妻、悪い妻、普通の妻」で「よし子」「わる子」「ふつ子」の一人三役を演じ、それまでのシリアスなイメージを打ち破る弾けたコメディエンヌぶりで人気が爆発。演技力、カンの良さ、トークの切れが高く評価されることになる。『ドリフ大爆笑』でもセミレギュラーに近い扱いでたびたび出演しオチを任されることも多かった(『欽ドン!』を途中降板となったのは不倫騒動ゆえと話題にもなったが、実際は彼女が歌手としてもうひと花咲かせたいと訴え、萩本欽一がコメディエンヌとしての充電も必要、とその意を汲んだため)。

これを受け、映画監督の市川崑がエド・マクベインの『クレアが死んでいる』翻案に挑んだミステリ映画『幸福』で抜擢を受ける。原作のクレアにあたる役で、冒頭部と回想場面のみの出演だが、映画そのものが彼女のアップから始まるなど印象的な起用となっている。その後は、人気映画『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』のマドンナ役やサスペンスドラマの主演など、歌手・コメディエンヌ・女優とマルチに活躍するようになる。

引用元:中原理恵 - Wikipedia











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