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2024年12月17日火曜日

TARAKO (声優)



12月17日は、声優・女優・タレント・シンガーソングライターのTARAKO(たらこ)の誕生日です。声優として「ちびまる子ちゃん」の主人公・まる子役が何といっても一番有名。2024年3月4日に急逝した。63歳没。

TARAKO(たらこ、1960年〈昭和35年〉12月17日 - 2024年〈令和6年〉3月4日)は、日本の声優、ナレーター、女優、タレント、シンガーソングライター、脚本家、エッセイスト。

東京都江戸川区生まれ、群馬県太田市出身。トルバドール音楽事務所に所属していた。

「アニメ声優になろう」と思い、「そのためには演技力が必要だ」と考え、群馬県立太田女子高等学校卒業後は、群馬から上京して東京映像芸術学院の演技声優科に入学したが、中退している。

声優デビューは1981年、テレビアニメ『うる星やつら』で演じた幼稚園児役。当初はラム役でオーディションを受けたが、落選している。当時は声優だけでは食べていけず、スーパーマーケットの試食販売、コンビニエンスストアの店員、交通量調査などのアルバイトをしていた。

1982年、『戦闘メカ ザブングル』のチル役で初レギュラー。

シンガーソングライターとしてのデビューは、1983年に発表したLPアルバム「とっておきの瞬間」。一時はビーイングのプロデュース下だったという時代もある。その関係で沢田聖子と友人になり、彼女が木曜のパーソナリティを務めていたラジオ番組『はいぱぁナイト』(KBS京都)にてたびたびゲストで出演しては彼女と2人で「かしまし漫才」ばりのトークを展開していた。

1990年からは、『ちびまる子ちゃん』で主人公・まる子役を担当。同作品が国民的な大人気作になったこともあり、独特な名前と声のTARAKOも知名度を上げ、バラエティ番組の司会としても活動。ナレーションの仕事も数多くこなした。

演劇集団WAKUを主宰し、舞台の作・演出・出演も数多く手掛けた。

群馬県出身から、群馬交響楽団夏休みコンサートの案内人を毎年務めていた。

2024年3月4日に死去。63歳没。死因は公表されていないが、2024年に入ってから体調を崩し療養しながら活動を継続していたが容体が急変したという。SNSでは最後の投稿となった2月末には、車椅子に座りながらスタジオで収録を行っていた写真が投稿されている。『ちびまる子ちゃん』のスタッフによれば、本人は「最後まで病棟でも収録をしたいと意欲的で、大きな愛情をもって『ちびまる子ちゃん』に向き合ってくださいました」と追悼文にて語っている。訃報は5日後の3月9日に所属事務所、および『ちびまる子ちゃん』を制作するフジテレビと日本アニメーションより発表された。

引用元:TARAKO - Wikipedia





















2024年6月17日月曜日

矢尾一樹



6月17日は、声優・俳優の矢尾一樹(やお かずき)の誕生日です。

矢尾 一樹(やお かずき、1959年〈昭和34年〉6月17日 - )は、日本の声優、俳優、ナレーター。石川県金沢市出身。マック・ミック所属。

最初の妻は声優の冨永みーな、現在の妻は女優の林なつき。

1984年、OVA『BIRTH』のシュルギ・ナム役で声優デビューした。当然、アテレコなど未経験で、主演ではあったものの右も左もわからない状態で、ディレクターの指示の中に含まれた専門用語さえわからなかったが、そこで共演した戸田恵子と八奈見乗児に助けられ、現在でも二人を恩師として尊敬している。

1985年にテレビアニメ『超獣機神ダンクーガ』に藤原忍役で出演。同作品は矢尾の中で一番記憶に残っている作品であり、アニメのキャラクターを演じるとはどういうことかがわかっていった作品だったと語っている。また、忍のセリフでもある「やってやるぜ!」は矢尾の代名詞とも言えるものであり、他作品でしばしば引用される。アーケードゲーム『カイザーナックル』では「やってやるぜ!」の他、「ダンクーガ!」と叫ぶシーンもある。この他、「YATTE YARUZE!」という曲があり、アルバム収録されている。

東京俳優生活協同組合、エムカンパニー、シグマ・セブン(2004年5月20日 - 2009年5月)を経て、2009年6月1日よりマック・ミック所属。

テレビアニメ、映画、特撮、吹き替えなどで活躍。

舞台にも数多く出演、音楽活動をしている。

二枚目のヒーロー役、冷徹な悪役、コミカルなキャラクターまで様々な役を演じている。

イベントなどで登場する際の派手目の衣装はほとんどが自前であり、毛皮製品や靴の収集が趣味である。声優界では「矢尾さんと言えば短パン(ショートパンツ)」と言われる程、普段着として穿いており、多少寒くても冬本番まで我慢する程である。

引用元:矢尾一樹 - Wikipedia

















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