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2024年12月23日月曜日

グラハム・ボネット



12月23日は、イングランド出身のロックシンガーである、グラハム・ボネット(Graham Bonnet)の誕生日です。1968年に「ザ・マーブルス」でデビュー、1979年に「レインボー」に加入、1982年に「マイケル・シェンカー・グループ」1983年「アルカトラス」1988年「インペリテリ」と様々なバンドで唄うこととなる。現在もソロやバンドでその熱い歌唱を聴かせてくれる。

グラハム・ボネット(Graham Bonnet, 1947年12月23日 - )は、イングランド生まれでアメリカ合衆国・ロサンゼルス在住のロックシンガー。レインボーやアルカトラスのヴォーカリストとして有名。声域は4オクターブあると言われている。

革ジャンやロングヘアに代表されるハードロックファッションを嫌う。アルカトラスのプロモーションで来日した際、ベストヒットUSAに出演して「(レインボーでは)ヘアスタイルのことでリッチー(・ブラックモア)とよく喧嘩をした」と発言し、小林克也に「リッチーからギターで殴られたのは本当?」と問われて「髪の毛を五分刈りにしてきたからね」と答えた。レインボー時代について「髪を伸ばしてハードロックファッションをするようリッチーに言われたが、自分に求められたのは声であり、ハードロックファッションやヘアスタイルではないから」「リッチーは声とスタイルが合っていないと思っていたのではないか」と語った。

しかし、これまでのキャリアで一番の思い出がレインボー時代と語っていた事もあった。

インタビューではその時の気持ちを率直に話してしまう。

右利きだが腕時計は右腕につけている。ステージに立つときも腕時計をつけたままで歌うことがある。

10代の頃に肉屋でバイトをしていた際、動物が屠殺されるのを見て嫌悪感をもよおしたのが原因でベジタリアンとなった。肉類は一切口にせず、人工皮革以外の革製品も身につけない。

常にコンバースのスニーカーを履いている。ステージでスーツを着る際も、靴はコンバースである。レインボー時代は人工皮革製のキューバン・ヒール・ブーツを履く事もあった。

歌詞を覚えるのが苦手でレインボー時代からステージに歌詞カードを置くことが多い。これは長年のアルコール依存症で脳が悪影響を受けて記憶力に問題があるため、と述べている。アルカトラスの「Too Young To Die, Too Drunk To Live」はアルコールとドラッグについて綴った歌詞であり、「Will You Be Home Tonight」は米国で飲酒運転撲滅キャンペーンにも使われた。また、インペリテリの『Stand In Line』に収録されている「Secret Lover」の歌詞はアルコールのことを比喩的に綴った。

2000年、ANTHEMの『HEAVY METAL ANTHEM』ツアー初日の大阪公演では張り切り過ぎてステージから転落している。

2006年のTaz Taylor Bandの公演で、2004年からは断酒していると告白。アルコール依存症は完治したとも述べている。

2007年10月23日のマリブ火災では自宅の裏庭にまで火が押し寄せ、隣人と消火作業を行っている。

2008年離婚。現在は独身である。

引用元:グラハム・ボネット - Wikipedia












ザ・マーブルス トレヴァー・ゴードンとグラハム・ボネット(右)








グラハム・ボネットと西城秀樹 1981年にソロで出した「孤独のナイト・ゲームス」を1983年に西城秀樹が「ナイト・ゲーム」としてカバーしている。



2024年1月10日水曜日

マイケル・シェンカー (UFO、マイケル・シェンカー・グループ)



1月10日は、ドイツ出身のハードロック・ギタリストのマイケル・シェンカーの誕生日です。「スコーピオンズ」の「Lonesome Crow」でリード・ギタリストでデビュー。後に「UFO」に加入し世界的に名を馳せ、1979年に「マイケル・シェンカー・グループ」を結成、現在に至る。

マイケル・シェンカー(ミヒャエル・シェンカー、Michael Schenker、1955年1月10日 - )は、ドイツ出身のハードロックのギタリスト。かつて、白と黒の2色で塗り分けられたギブソンのギター「フライングV」を使用していたことで有名。日本ではアルバムの邦題から「神」とも称される。※邦題「神(帰ってきたフライング・アロウ)」(1980)

実兄はスコーピオンズのリーダーであるルドルフ・シェンカー、実妹はヴィーヴァのキーボーティストであるバーバラ・シェンカー。

兄であるルドルフ・シェンカーの影響で幼少期よりギターを始める。アマチュアバンド「コペルニクス」を結成し11歳で初ステージを踏み、17歳で「スコーピオンズ」のデビューアルバム『恐怖の蠍団』にリード・ギターとして参加した。

1973年6月、リードギターを探していた「UFO」からオファーを受け加入。

UFOには1978年まで在籍し6枚のアルバムに参加。UFOの世界的な成功に貢献する一方、メンバーとのコミュニケーションやアルコールの問題を抱えていた。

UFO脱退後、短期間ながら古巣のスコーピオンズに所属した後、1979年に自らのバンド「マイケル・シェンカー・グループ (通称:MSG)」を結成。デビューから1984年までに4枚のスタジオ・アルバムと2枚のライヴ・アルバムを発表。ロック・ギターの名手として一時代を築き、日本武道館でのコンサートも行われた。

ボーカルのロビン・マッコーリー加入にともない、1986年から1993年にかけては「マッコーリー・シェンカー・グループ」名義で活動。3枚のスタジオ・アルバムをリリースした。

1993年、「UFO」の再結成に参加。新アルバムのレコーディングやライブ活動で1995年まで在籍した。1997年に再加入しツアーを行うも、1998年の日本公演の途中で演奏を放棄し無断帰国。そのままバンドはツアーを中止し解散。しかし2年後の2000年に復帰。3年後の2003年に4度目の脱退。

1996年、「マイケル・シェンカー・グループ」を再始動させる。近年は並行して自身のソロ・プロジェクトも行っている。

引用元:マイケル・シェンカー - Wikipedia















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