5月3日は、ウェールズ出身の女性シンガーソングライターである、メリー・ホプキン(Mary Hopkin)の誕生日です。ビートルズ主催のアップル・レコードの第1号アーティストして1968年、ポール・マッカートニーのプロデュースによるシングル「悲しき天使」でデビューし、主に1970年代前半に活躍した。1970年7月に来日して大阪万博にも出場している。2018年にデビュー50周年を迎えた。
メリー・ホプキン(英語: Mary Hopkin、1950年5月3日 - )は、ウェールズ出身の女性シンガーソングライター。
1968年、ポール・マッカートニーのプロデュースによるシングル「悲しき天使」でデビュー。1970年代前半まで主に活躍。トニー・ヴィスコンティとの結婚を機にセミリタイアしていたが、1980年代に本格復帰した。以来、40年以上に渡り活動している。
ホプキンのエージェントがタレント登竜門のテレビ番組として知られた『オポチュニティ・ノックス』に応募。ホプキンは合格し、1968年5月5日放送の回に出演。「ターン・ターン・ターン」を弾き語りした。これを見たツイッギーがポール・マッカートニーに推薦し、ホプキンはビートルズのアップル・レコードの第1号アーティストしてデビューすることとなった。マッカートニーがプロデュースしたシングル「悲しき天使」は、1968年8月30日にイギリスで発表され、サンディ・ショーと競作する格好となったが、ホプキンによるカバー・バージョンが全英シングルチャートの首位を獲得。全英アルバムチャートで最高位3位を獲得。
1969年1月30日から2月1日にかけて開催された第19回サンレモ音楽祭に出場し、カンツォーネの「瞳はるかに」を歌った。同曲は2位を獲得した。
同年2月21日、マッカートニーのプロデュースによる1作目のアルバム『ポスト・カード』を発表。アルバム・セッションに参加したドノヴァンから3曲をカヴァーしているほか、ジョージ・マーティンやハリー・ニルソンの作品も1曲ずつカバーしている。
同年3月28日、レノン=マッカートニー作詞・作曲(実際はマッカートニー単独の作品)の「グッドバイ」を2作目のシングルとして発表し、全英シングルチャートで第2位に輝いた。
1970年3月、4作目のシングル「しあわせの扉」を発表し、再び全英シングルチャート第2位を獲得。同年、英国を代表してユーロビジョン・ソング・コンテストに出場した。アイルランドの歌手ダナに敗れるも同曲によって第2位を獲得した。同年7月に来日して大阪万博にも出場。
1971年には、2作目のアルバム『大地の歌』を発表。トニー・ヴィスコンティと結婚してからは音楽界を引退し主婦業に専念していたが、バート・ヤンシュの『ムーンシャイン』(1973年)、デヴィッド・ボウイの『ロウ』(1977年)といった、夫ヴィスコンティが関与したアルバムのレコーディングに参加したこともある。
1981年にヴィスコンティと離婚。1984年シンガーソングライターPeter Skellern、チェリストJulian Lloyd Webber達とOasisというバンドを結成、同名のアルバムを発表した。
2000年代には、自主レーベル「メリー・ホプキン・ミュージック」(Mary Hopkin Music)を設立。カバーアートも含むセルフプロデュースに移行している。2005年には、ドリー・パートンのアルバム『Those Were the Days』にも参加。
2018年にデビュー50周年を迎えた。



















































