2026年6月16日火曜日

Char (竹中尚人)



6月16日は、日本のギタリスト・シンガーソングライター・音楽プロデューサーである、Char(チャー)の誕生日です。本名は竹中尚人。1973年、スモーキー・メディスン結成。1976年6月、シングル「NAVY BLUE」でソロ・デビュー。9月にアルバム「Char」を発表、代表曲となる「Smoky」を収録。1978年にジョニー、ルイス&チャーを結成、1981年にピンククラウドと改名。以降様々なプロジェクトやソロで活動を続ける。

Char(チャー、1955年〈昭和30年〉6月16日 - )は、日本のギタリスト、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。

サテライト・サービス放送番組審議会の委員でもある。本名:竹中 尚人(たけなか ひさと)。東京都品川区戸越出身。

1973年、スモーキー・メディスン結成。

1974年に、スタジオ・ミュージシャンとしての初仕事をこなす。レコーディング内容は、ギター奏法教材「ロック完全マスター」(立東社)という譜面集と併売されるカセットテープのデモ演奏として、エリック・クラプトン等の曲を収めるものだった。

1976年6月、キャニオン・レコード / SEE SAWからシングル『NAVY BLUE』でソロ・デビュー。9月にアルバム『Char』を発表(代表曲となる「Smoky」を収録)。1977年6月リリース「気絶するほど悩ましい」は、外部の作詞(阿久悠)、作曲(梅垣達志)で自身のロック指向とは異なる「歌謡ロック」路線となりアイドル系ギタリスト&ボーカリストとして人気を博す。1978年には「逆光線」、「闘牛士」とヒットを飛ばし、同時期に登場した世良公則&ツイスト、原田真二と共にロック御三家と呼ばれた。

イエロー~金子マリ&バックスバニーのジョニー吉長、ザ・ゴールデン・カップス~スピード・グルー&シンキ等のルイズルイス加部と共にJOHNNY, LOUIS & CHARを結成。

その後JOHNNY, LOUIS & CHARのステージ・デビュー(芸術祭イベント)の模様はTV収録されたが、その放映前に自身に対して「ある事件(覚醒剤取締法違反)」の謂れのない嫌疑がかけられたため活動休止を余儀なくされ、オンエアされることなく御蔵入りとなる。同時期に予定されていたコンサートツアー『JOHNNY, LOUIS & CHAR・ウルトラコンサート』も中止となる。

1979年、カルメン・マキの支援を受け、彼女のツアーメンバーとして復帰。

所属レコード会社の移籍に伴いバンド名をピンククラウドと改名。バップから、1981年5月『KUTKLOUD』、9月『CLOUD LAND/桃源郷』、1983年11月『PINK CLOUD』、1984年11月『PLANT BLEND』を発表。

1992年4月、『PSYCHEDELIX』を発表。これは『PSYCHE』発売時の1988年、ソロ・ライブを行う際に佐藤準、アン・ルイス、ジム・コープリー、ジャズ・ロッホリーと組んだChar & THE PSYCHEDELIXが元となったバンド『PSYCHEDELIX』が制作した1枚目のフル・アルバムである。このバンドではフル・アルバムを3枚発表することになる。

1998年、Char自身もレコード会社をポリドール・レコードに移籍。2007年まで在籍しアルバム9作品(内、ベスト盤2枚、REMIX盤1枚も含む)をリリースした。

2022年5月には桑田佳祐からのオファーを受け「時代遅れのRock'n'Roll Band」のレコーディングに佐野元春、世良公則、野口五郎と共に参加した。同年12月31日には同曲で『第73回NHK紅白歌合戦』に出場した。

引用元:Char - Wikipedia

























2026年6月15日月曜日

美村里江 (ミムラ)



6月15日は、女優・エッセイストの美村里江(みむら りえ)の誕生日です。旧芸名はミムラ。2003年10月「ビギナー」で女優としてデビュー。2018年「西郷どん」出演を機に芸名を美村里江(みむら りえ)に改名。

美村 里江(みむら りえ、1984年〈昭和59年〉6月15日 - )は、日本の女優、エッセイスト。旧芸名、ミムラ(MiMuLa)。結婚前の本名は小暮 里江(こぐれ りえ)。

埼玉県深谷市出身。スターダストプロモーション所属。女優業の傍らで、書評、エッセーなど執筆活動も行う。

医師をしている妹が一人いる。

2003年(平成15年)8月、フジテレビの月9ドラマ史上初のヒロイン公募オーディションにおいて1万人以上の応募者の中からヒロインに選ばれ、同年10月より放送の『ビギナー』で女優としてデビューを飾った。デビュー後はテレビドラマや映画への出演のオファーが相次ぎ、翌2004年(平成16年)にかけて 『FIRE BOYS 〜め組の大吾〜』、『離婚弁護士』と3クール連続でドラマ出演し、『海猫』で映画初出演。2005年(平成17年)には『着信アリ2』で映画初主演を務めた。

2年間の休養期間中は映画や芝居を観たり、読書や一人旅なども経験、外側から見直すことで芝居の魅力をあらためて発見して、「あんなに幸せな場所を用意していただいていたのに、何を怖がっていたんだろう」と、再デビューのつもりで活動再開を決意する。2008年(平成20年)に『斉藤さん』(日本テレビ)で芸能活動を再開し、『落語娘』で3年ぶりに映画に主演。さらに、翌2009年(平成21年)にはドラマ 『銭ゲバ』(同)でヒロインを演じた。2010年(平成22年)にはNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』で細川ガラシャ役を演じて時代劇初出演を果たした。また、2012年(平成24年)には『梅ちゃん先生』でNHK連続テレビ小説に初出演し、堀北真希演じるヒロインの姉・松子役を演じている。

2015年(平成27年)7月には、これまでに執筆してきた書評、エッセー、公式サイトの文章などに新たに書き下ろした100ページを超えるエッセーを加えたエッセー集『文集』をSDPより発売した。

2018年(平成30年)のNHK大河ドラマ『西郷どん』出演を機に、同年3月27日付で芸名を美村 里江(みむら りえ)に改名。同年5月から6月に上演の舞台『家族熱』がミムラ名義での最後の出演作品となった。

引用元:美村里江 - Wikipedia

























2026年6月14日日曜日

天翔天音



6月14日は、日本の女優・モデルである天翔天音(てんしょう あまね)の誕生日です。父は俳優の藤岡弘、。姉は女優の天翔愛。兄は俳優の藤岡真威人。妹は女優の藤岡舞衣といういわゆる芸能一家に育ち、高校生から芸能活動を始めた。2026年1月、仮面ライダーシリーズのウェブドラマ「仮面ライダーアインズ withガールズリミックス」にて主演・三日月ナユタ/仮面ライダーアインズ役を演じ話題となった。

天翔 天音(てんしょう あまね、2005年〈平成17年〉6月14日 - )は、日本の女優、モデル。東京都出身。SANKIワールドワイド所属。

父は俳優の藤岡弘、。姉は女優の天翔愛。兄は俳優の藤岡真威人。妹は女優の藤岡舞衣。

いわゆる芸能一家に育ち、高校生から芸能活動を始めた。テレビ番組では家族・弟妹ともにバラエティー番組に多数出演。NHK大河ドラマ『どうする家康』に、姉・愛とともに遊び女(あそびめ)役で出演し、地上波女優デビューを果たす。

2023年11月8日に放送されたABEMAのオーディションドキュメンタリー番組『GIRLS HERO #3』に追加メンバーとして出演。同年11月15日の放送回で、ガールズグループ「NEON-X(ネオンクロス)」のメンバーとしてデビューが決定したが、2024年2月末を以てグループのプロジェクトが終了。翌3月1日にXで報告した。

特技はバレエ、K-POPダンス、社交ダンス、デザイン、ピアノ。趣味はミュージカル観劇、ネイルデザイン、ファッションやヘアメイク、アクセサリー作り。好物はネギトロ、韓国料理。

性格は、優しく明るい。時に天然な一面もある。父を大変尊敬している。

引用元:天翔天音 - Wikipedia























2026年6月13日土曜日

松木里菜



6月13日は、CMモデル・女優である、松木里菜(まつき りな)の誕生日です。チューリッヒ自動車保険(チューリッヒ・インシュアランス・グループ・リミテッド)のCMで知名度を上げ、ドラマやバラエティ番組にも出演する。夫は元プロサッカー選手の谷口博之。

松木 里菜(まつき りな、本名:谷口 里菜、1984年6月13日 - )は、日本のCMモデル・女優。 所属事務所はブルーミングエージェンシー。夫は元プロサッカー選手の谷口博之。埼玉県所沢市出身。

16歳の頃に池袋でスカウトされてデビューしたが、18歳の時に秘密にしていた芸能活動を厳格な父親に知られて、1年半ほど活動を休止した。

チューリッヒ自動車保険のCMで知名度を上げ、ドラマやバラエティ番組にも出演する。

2008年4月、エヌフォースプロモーションからブルーミングエージェンシーに移籍した。

2009年3月15日、初の写真集『act 1』を発売した。紀伊國屋書店新宿本店で発売記念握手会を開催した。

2009年4月6日、当時Jリーグ・川崎フロンターレに所属していた谷口博之と結婚した。

2009年8月17日、川崎市内の病院で第一子となる男児を出産した。以降は芸能活動に復帰し、自身の子育て日記を公式ブログにて公開している。2012年1月24日、第二子となる女児を出産した。2013年12月6日、第三子となる女児を出産した。

引用元:松木里菜 - Wikipedia























2026年6月12日金曜日

塩原恒夫



6月12日は、フリーアナウンサーの塩原恒夫(しおばら つねお)の誕生日です。元フジテレビアナウンサーで主にスポーツ系の実況を担当していた(競馬、フィギュアスケート、F1など)。現在もフリーアナウンサーとして活動している。

塩原 恒夫(しおばら つねお、1963年〈昭和38年〉6月12日 - )は、福島県会津若松市出身のフリーアナウンサーで、元フジテレビアナウンサー。

1987年、フジテレビに入社。1999年には第15回FNSアナウンス大賞の大賞を受賞している。

入社時からスポーツ番組に携わっており、フィギュアスケート世界選手権の女子シングルやオリンピックなどの大きな国際大会では前述の女子シングルとともにペアの実況も担当している。

2014年2月のソチオリンピックではジャパンコンソーシアムの一員として主にフィギュアスケートを実況しており、フィギュアスケート男子シングル・フリーで羽生結弦が同種目としては日本人初となる金メダルを獲得した瞬間を伝えた。

2017年7月1日付で兄弟会社のBSフジに出向し、広報局専任局次長となり、2018年4月30日付でBSフジ編成局広報担当局長に昇格。特別番組の司会やナレーションなど、同局で引き続きアナウンス業務を行った。

フジテレビで2022年1月から50歳以上の早期退職者を募集、塩原もそれに応募しており、これに伴い2022年3月31日をもって退職。

退社後はフジテレビのグループ会社東京フイルム・メート(現在のフジ・メディア・テクノロジー)所属のフリーアナウンサーとして活動している。

長年競馬中継を担当しており、2005年には念願の日本ダービーを初実況。以降、2012年まで8年連続で実況を担当した(2013年から2017年までは青嶋達也、2018年から2021年までは福原直英、2022年から倉田大誠に譲っている)。2022年4月から、塩原の地元・福島でエキサイティング競馬(福島テレビ)の土曜日司会を担当することになり、5年ぶりに競馬中継に復帰した。

1993年からF1中継を担当しており、2002年からは日本グランプリの実況をCS放送も含めて担当している。スタートの際にシグナル点灯の様子などは実況せず、口上とレース名を述べるスタイルが特徴。また、スターティンググリッド紹介では、グランプリ開催地や世相を絡めた紹介を行う。2022年4月22日、フジテレビモータースポーツの公式Twitterにて5年ぶりにフジテレビのF1中継に復帰することが発表された。

引用元:塩原恒夫 - Wikipedia

















人気の投稿(過去7日間)