2026年3月7日土曜日

上條恒彦



3月7日は、歌手・俳優・声優の上條恒彦(かみじょう つねひこ)の誕生日です。1971年、グループ「六文銭」と共演した「出発の歌(たびだちのうた)」で「ポピュラーソング・フェステバル'71」のグランプリを受賞。1972年には「木枯し紋次郎」の主題歌「だれかが風の中で」を歌いヒットさせる。俳優としても活躍、「3年B組金八先生」の社会教師・服部肇役で有名。声優としても、ジブリ作品に複数担当。2025年7月22日、老衰のため死去。85歳没。

上條 恒彦(かみじょう つねひこ、1940年〈昭和15年〉3月7日 - 2025年〈令和7年〉7月22日)は、日本の歌手、俳優、声優。長野県東筑摩郡朝日村出身。生前はケイセブン中村屋に所属していた。ひげと眼鏡の風貌で親しまれた。

1970年1月10日に放送が始まったNHK総合テレビジョンの音楽番組『ステージ101』の準レギュラー出演者となり、レギュラー出演者のグループであるヤング101のお兄さん格の扱いを受けた。1971年、グループ「六文銭」と共演した『出発の歌(たびだちのうた)』で、三重県合歓の郷で開催された「ポピュラーソング・フェステバル'71」のグランプリを受賞。次いで11月、第2回世界歌謡祭でグランプリ・歌唱賞を受賞。

翌1972年には、第23回NHK紅白歌合戦に初出場する。また、フジテレビ系列の時代劇『木枯し紋次郎』の主題歌『だれかが風の中で』を歌い、ヒットさせる。9月には「日本歌謡祭」で『橋』が入賞。1973年2月には、沖縄海洋博の歌『珊瑚礁に何を見た』を制作する。同年、『さよならの世界』で第4回世界歌謡祭の歌唱グランプリを受賞。

俳優としても活動し、『3年B組金八先生』の社会教師・服部肇役で有名。声優としても、ジブリ作品に複数担当し、ディズニー映画「リトル・マーメイド」の初代セバスチャン役として出演。「アンダーザーシー」も歌唱する。続編でもセバスチャン役は安西正弘に交代したが劇中歌として上條の歌唱が使われた。

丸大食品のウインナー、フランクフルト商品のCMソングを1980年代に担当していた。

2024年末に誤嚥性肺炎で一時危篤状態となった。2025年1月の公開記念舞台あいさつでは生歌唱を披露する予定だったが、リハビリのため欠席し、手紙で「皆さまの前で歌えないことが残念でなりません」とメッセージを寄せていた。

その後は活動復帰を目指しリハビリを行っていたが、2025年7月22日、長野県の自宅近くの病院にて老衰のため死去した。85歳だった。告別式は親族で行い、上條自身の遺志によりお別れの会を行う予定はない。

引用元:上條恒彦 - Wikipedia





















2026年3月6日金曜日

筧美和子



3月6日は、女優・タレント・グラビアアイドルの筧美和子(かけい みわこ)の誕生日です。「テラスハウス」に出演していたことでも有名。女優やグラビアアイドルとして活躍した。既婚。

筧 美和子(かけい みわこ、1994年3月6日 - )は、日本の女優、タレント、元グラビアアイドル。東京都世田谷区池尻出身。sui所属(プラチナムプロダクション業務提携)。

デビューのきっかけは、高校在学中の2011年、友人と行ったファッションショーでのスカウト。

2013年5月、リアリティ番組『テラスハウス』(フジテレビ系列)に出演。 9月14日、ワンライフモデルオーディションで準グランプリに選ばれる。9月23日、北海道日本ハムファイターズのイースタン本拠地最終戦で始球式を務める。10月5日、視聴者による一般投票により6万8322ポイントを獲得して、『めざましテレビ』(フジテレビ系列)の「ココ調」木曜リポーターに選ばれる。12月19日、初のオフィシャル・ブック『みーこ Miwako Kakei 1st Official Book』(KADOKAWA)が刊行される。

2014年2月放送のテレビドラマ『最高の離婚Special 2014』(フジテレビ系列)で女優としても本格デビュー。 4月4日、篠山紀信撮影の1st写真集『ヴィーナス誕生』(幻冬舎)が発売される。

2014年6月23日発売のファッション雑誌『JJ』8月号から同誌の専属モデルとして活動。2019年8月23日発売の10月号で同誌を卒業した。

2024年1月29日発売の『週刊プレイボーイ』7号(集英社)の表紙・巻頭グラビアに登場。約5年ぶりに撮り下ろしグラビアを披露。4月26日には、約7年半ぶりとなる4th写真集『ゴーみぃー』(集英社)が発売された。

2016年4月から2020年4月まで『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)にレギュラー出演(2016年から2018年までは水曜日、2018年から2020年までは火曜日)。一度は番組を卒業したが、2024年4月から再びレギュラーとして戻ってきた。

2025年3月3日、自らのInstagramに於いて交際中としていた一般人男性との結婚を発表した。

引用元:筧美和子 - Wikipedia

























2026年3月5日木曜日

蛭田愛梨 (虹のコンキスタドール)



3月5日は、女性アイドルでアイドルグループ「虹のコンキスタドール」のメンバーである、蛭田愛梨(ひるた あいり)の誕生日です。2026年3月15日のワンマンライブでグループを卒業する予定である。

蛭田 愛梨(ひるた あいり、2004年3月5日 - )は、日本のアイドルで、虹のコンキスタドールのメンバー。ニックネームはあいりちゃん。担当カラーは紫。

東京都出身。血液型B型。身長158 cm。ディアステージ所属。

2016年人生初めてのオーディションで虹のコンキスタドールに加入。5月18日、AKIBAカルチャーズ劇場で行われた虹のコンキスタドール定期公演『虹色児童館』にて、つくドル!プロジェクト第5期新予科生としてお披露目された。

2017年1月9日、川崎クラブチッタで行われた虹のコンキスタドールワンマンライブ『どうしても言いたいことがあるんだよ 〜虹コンから大切なお知らせがあります〜』にて正規メンバーに昇格。新ユニット「サジタリアス流星群(虹のコンキスタドール青組)」のメンバーとなった。

2021年、ロリータファッションブランド「BABY,THE STARS SHINE BRIGHT」のファッションモデルを現在まで務める。

2024年6月28日 1st写真集『あい』発売。

2025年12月29日 翌年3月15日のワンマンライブでのグループ卒業を発表。

ライブでの自己紹介は、「ウサギみたいなエターナルベイビー、あいりちゃんこと蛭田愛梨です」である。

特技はTikTok。毎日かかさず投稿している。TikTokのアカウント名は「あいり🐰」▶︎「あいりぴょん」▶︎「ぴょあ」と変遷している。

引用元:蛭田愛梨 - Wikipedia





























2026年3月4日水曜日

四角佳子 (志麻ゆき・六文銭)



3月4日は、女性歌手である、四角佳子(よすみ けいこ)の誕生日です。フォークグループ「六文銭」「六文銭'09」のメンバーでもある。志麻ゆきの名で1968年に「レ・ガールズ」でデビュー、ソロシングルも発売している。1971年に六文銭のメンバーとして再デビュー。1972年に吉田拓郎との結婚を機に引退(1975年に離婚)。2000年に「まるで六文銭のように(後に「六文銭'09」に改名)」名義で歌の世界に戻る。2003年に「おけいさんと安倍なつみ」の企画デュエットでもお馴染み。

四角 佳子(よすみ けいこ、1952年3月4日 - )は、日本の女性歌手。六文銭、六文銭'09メンバー。血液型O型。大阪府岸和田市出身。愛称は「おけい」または「おけいさん」。

金井克子、岸ユキ、原田糸子、由美かおる、奈美悦子らと共に西野バレエ団で学び、上京後は江美早苗に続く期待の新星として志麻ゆきの名で1968年に日本テレビ『レ・ガールズ』でデビュー。しかし既に番組は終盤に差し掛かっており併せてレ・ガールズの人気自体が下火になっていたこともあって人気を得るに至らなかった。また、1970年には日本万国博覧会を記念して行われた世界美女コンテスト・ヤングフェスティバル「ハルミラ」の主題歌「風に乗って」でレコードデビューも果たしている。

1971年 - 第8期最後の六文銭のメンバーとして愛知県の岡崎のステージで再デビュー。

1972年 - 吉田拓郎との結婚を機に引退。以来28年間、芸能界を完全に引退していた。

1975年 - 吉田拓郎と離婚。

2000年 - 2000年、横浜で行われた及川恒平のライブに観客のひとりとして参加した際、ゲストに呼ばれていた小室等と共に28年ぶりにステージに立ち再び歌の世界へ戻ることになった。以後、3人で歌う場合のユニット名を、“まるで六文銭のように”として、ライブを中心に活動を再開。

2003年 - 安倍なつみと「おけいさんと安倍なつみ」としてシングル『母と娘のデュエットソング』(作詞:つんく、作曲:小室等)をリリース。

2009年 - “まるで六文銭のように”はこむろゆい(小室等の長女、まるで六文銭のようにのマネージャー)を正式メンバーに迎え、しばらくは4人の"まるで六文銭のように"として活動していたが、小室等言うところの“うた”と“おと”を模索し続ける『場』としての六文銭自体も戻ってきたとの認識のもとに"六文銭'09"へと発展的に改名した。

7月8日には四角佳子としての初ソロCDとして“初恋”がリリースすることが決定した。

引用元:四角佳子 - Wikipedia



























2026年3月3日火曜日

スノウィー・ホワイト



3月3日は、イギリス出身のギタリストである、スノウィー・ホワイト(Snowy White)の誕生日です。長いキャリアの中で一般によく知られているのは1977年からピンク・フロイドのツアー・サポート・メンバーで「アニマルズ」「ザ・ウォール」ツアーに同行。1979年にシン・リジィのギタリストとしてグループのメンバーになり、1982年には2枚のアルバムに参加後脱退している。1983年にはオリジナルソロ曲「Bird of Paradise」が全英シングルチャートで最高位6位をマークしている。

スノウィー・ホワイト(Snowy White、1948年3月3日 - )は、イギリス出身のギタリスト。本名はテレンス・チャールズ・ホワイト (Terence Charles White)。

1948年3月3日にイングランド南西部デヴォン州で生まれ、ワイト島で育つ。

1960年代にヨーロッパで活動後、1970年代にロンドンに拠点を移す。

1972年ロリー・ギャラガーの参加していたグループ、テイストのメンバーとともに活動を開始、1974年にジョナサン・ケリーのアルバムでレコーディングのキャリアが始まる。

様々なスタジオ・セッションをクマ原田とともに行い、1977年にピンク・フロイドの「In The Fleshスタジアム・ツアー」からサポート・ギタリストとして参加、『アニマルズ』、『ザ・ウォール』(1980年)のツアーに同行する。

並行して1979年にシン・リジィのギタリストとしてグループのメンバーになり、1982年には2枚のアルバムやフィル・ライノットのアルバムに経歴を残しグループを脱退。

1983年、ソロ活動を開始して、インディペンデントでリリースしたオリジナル曲「Bird of Paradise」が全英シングルチャートで最高位6位をマークする。

現在もソロと元ピンク・フロイドのメンバー、ロジャー・ウォーターズのツアーに参加するなど憂いのあるトーンを生み出すギタリストとして活動中である。

引用元:スノウィー・ホワイト - Wikipedia























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