2026年6月28日日曜日

山﨑愛生 (モーニング娘。'26)



6月28日は、アイドル歌手でハロプロのアイドルグループ「モーニング娘。'26」の15期メンバーである、山﨑愛生(やまざき めい)の誕生日です。2019年6月22日、モーニング娘。への加入を発表。2020年1月22日、シングル「KOKORO&KARADA/LOVEペディア/人間関係No way way」でモーニング娘。としてメジャーデビュー。血液型B型。身長160 cm。「パンダさん(ジャイアントパンダの事をパンダさんと尊敬の意も込めて呼んでいる)」好きでも知られている。

山﨑 愛生(やまざき めい、2005年6月28日 - )は、日本の歌手、アイドル。ハロー!プロジェクトの女性アイドルグループモーニング娘。の15期メンバー。北海道札幌市出身。アップフロントプロモーション所属。

2016年に開催された「ハロー!プロジェクト『北海道限定』メンバーオーディション」に合格。同年7月30日、太田遥香・佐藤光・石栗奏美・河野みのり・北川亮・工藤由愛とともにハロプロ研修生北海道に加入。

2019年6月22日、モーニング娘。への加入が発表された。

2020年1月22日、シングル『KOKORO&KARADA/LOVEペディア/人間関係No way way』でモーニング娘。としてメジャーデビュー。同年6月12日、1stビジュアルフォトブック『Mei』を発売。

2021年8月21日、1st写真集『Mei16』を発売。

2023年6月22日、Instagramを開始。同年11月より、自身初となるソロラジオ番組『モーニング娘。'24 山﨑愛生のメイボンソワ』スタート。

2024年9月14日、2nd写真集『Mei19』を発売。

ニックネームは、めいちゃん、めいち、パンダさん。メンバーカラーはブライトグリーン。

血液型B型。身長160 cm。

モーニング娘。史上初のハロプロ研修生北海道出身メンバーであり、また、譜久村聖・佐藤優樹・野中美希に続く歴代モーニング娘。4人目の左利きメンバーでもある。

英語や青系のカラーを好む。

好きな動物としてジャイアントパンダを挙げている。尊敬しており「パンダさん」とさん付けで呼ぶ。

皆からしゃべり方がスローモーションだといわれる。好きな食べ物はジンギスカンと海苔、ブリッジなどのマット体操が特技。憧れの先輩は小田さくらと嗣永桃子。

母親がモーニング娘。第1期メンバーの飯田圭織、安倍なつみと同い年。

「炭酸水」が好きで、明石家ファミリーに入るため、「炭酸水」を飲んだ際などに「与作」の「へい・へい・ほ〜♪」に合わせて「たん・さん・すい〜♪」というギャグ(明石家定食)を明石家さんまから伝授されている。

三才ブックス『ラジオ番組表』2023秋号のイチ推し番組DJランキング「女性パーソナリティ部門」にて1位、2024年春号の「ひとり語り番組部門」で1位を獲得した。

引用元:山﨑愛生 - Wikipedia































2026年6月27日土曜日

ダニエル・ビダル



6月27日は、モロッコ生まれのフランスの女性歌手である、ダニエル・ビダル(Danièle Vidal)の誕生日です。1969年、17歳で歌手デビュー。日本では「天使のらくがき」が当時のオリコン12位まで上がるヒットを記録、日本語の歌詞を付けた盤も出されるなど、彼女の活動の舞台は日本に置かれ、1970年初頭よりしばしば日本に長期滞在していた。1980年に日本のグループ・サウンズ「チャコ&ヘルスエンジェル」のメンバー柴田功と結婚し男児をもうけたが、後に離婚している。

ダニエル・ビダル(Danièle Vidal、1952年6月27日 - )は、モロッコ生まれのフランスの女性歌手。1970年代前半に日本で活躍したことで知られる。

当時フランス保護領であった北アフリカのモロッコ生まれ。シャルル・アズナヴールにスカウトされ、バークレイ・レコードへ。

1969年、17歳で歌手デビューし、「Aime ceux qui t'aiment(汝を愛する者たちを愛せ)」というレコードを出した。これはロシアのポピュラー歌手エディタ・ピエーハのカバーで、新しくフランス語の歌詞をつけて本国フランスで発売された。その後、加橋かつみのソロ・アルバムのプロデューサーとして渡仏していた川添象多郎にスカウトされ、「Aime ceux qui t'aiment」に「天使のらくがき」という邦題をつけ日本で発売された。また、日本語の歌詞を付けた盤も出されるなど、彼女の活動の舞台は日本に置かれた。そのため1970年初頭より、しばしば日本に長期滞在している。

当初は歌唱力にやや難があったとの意見があったらしい。金髪碧眼で身長155センチと小柄な事からフランス人形のように愛らしいと形容され、フランス語の曲の紹介で大きな人気を得た。日本語の歌のレコードを出すだけでなく、テレビのバラエティ番組にもしばしば出演し、日本のアイドルタレントの観を呈した。本人も親日家である事を公言しており、現在もごくたまにテレビ番組等に出演した際は流暢な日本語を話している。

1980年に日本のグループ・サウンズ「チャコ&ヘルスエンジェル」のメンバー柴田功と結婚し男児をもうけたが、後に離婚。現在はドラギニャンでパートナーとレストランを経営している。

引用元:ダニエル・ビダル - Wikipedia

































2026年6月26日金曜日

山本スーザン久美子 (元 おニャン子クラブ)



6月26日は、元アイドルで元「おニャン子クラブ」会員番号32番だった、山本スーザン久美子(やまもと スーザン くみこ)の誕生日です。「スーザン」というミドルネームが付いており、ハーフであるが、幼少期に少しだけハワイに在住していたことがあるだけで、基本的には日本で特に祖母に厳しく育てられたという。英語の能力は「映画は字幕なしでも理解できる」、「相手の言っていることはだいたいわかる」といったレベル。1986年9月26日におニャン子クラブ卒業、芸能界を引退したが、出版社勤務の後、現在はJR東海グループの株式会社ウェッジ営業課長。2017年、東海道新幹線グリーン車搭載誌仕掛人として紹介された。

山本 スーザン 久美子(やまもと スーザン くみこ、1966年6月26日 - )は、日本の元アイドルである。文京学院短期大学英語英文学科卒。本名・山本久美子。

東京都出身。芸能界に憧れていたわけではないが、テレビに出てみたいという軽い気持ちで1985年12月13日の『夕やけニャンニャン』の「ザ・スカウトアイドルを探せ」のコーナーに出演。インパクトのある名前(オーディション時点でのエントリーネームは「山本久美子」だったが、本人は当時から「山本スーザン久美子」と名乗っていた。)と外見に似つかわしくない日本民謡を歌ったことがとんねるずにいじられ、その悪ノリから会場の人気を集め、見事合格。おニャン子クラブ会員番号32番となる。とんねるずは後にプロデューサーから「変な奴を入れるな!」と怒られ、この一件以来会場投票はなくなった。絶大な人気は得られなかったが、本人の明るいキャラが受けお笑い担当を務めた。

1986年9月26日の第2回卒業式に4番新田恵利、9番名越美香、11番福永恵規、25番吉沢秋絵らと共におニャン子クラブを卒業。卒業の理由はオフィシャル本によれば「学校に行く意欲をなくしていたように見られたので」というもの。卒業と同時に芸能界を引退したため、芸能プロダクションに所属しておらず、顕著なタレント活動は行っていないが、後の同窓会企画やイベントなどの再結成ではほぼ毎回出席している。2023年12月16日には13番内海和子、15番立見里歌、22番白石麻子の3人で東京・青山のライブハウス「青山月見ル君想フ」で「年忘れとCHRISTMAS会&ファンの集い、そしてLIVE」を開催したが、会場内に名越美香と二人で久々に公の場所に登場した。

1996年、渡辺美奈代が出演した「新伍&紳助のあぶない話」に「BAKUDAN」(サプライズゲスト)として出演。JR東海に就職したことを明かした。岩井由紀子、吉沢秋絵、山森由里子らと共に美奈代の結婚披露宴に出席し、後の2000年4月に新宿で行われた渡辺のコンサートイベントにもゲスト出演している。

引用元:山本スーザン久美子 - Wikipedia



















2026年6月25日木曜日

西本ひろ子 (女優・タレント、西生恵子)



6月25日は、女優・タレントだった西本ひろ子(にしもと ひろこ)の誕生日です。1985年の「電撃戦隊チェンジマン」にて渚さやか/チェンジマーメイド役で出演したのが最も有名。夫はTBSの広報局員で元同局アナウンサーでもあった岡田泰典。現在は芸能界を引退している。

西本 ひろ子(にしもと ひろこ、1963年6月25日 - )は、日本の元女優、元タレント。本名(旧姓名)および旧芸名、西本 浩子。

愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校、明治大学政経学部卒業。テアトルアカデミーに所属していた。

父親は、地元中学の教頭。アナウンサーを目指して上京するが、演技に興味を持つようになり、俳優の道を目指す。テレビドラマ『スチュワーデス物語』でデビュー。代表作は『電撃戦隊チェンジマン』の渚さやか(チェンジマーメイド)役で、スーパー戦隊シリーズでは初の女性ホワイト戦士である。なお、オーディションでの一人芝居が良かったことから採用されたという。

趣味・特技はテニス、英会話。

現在は芸能界を引退している。夫はTBSの広報局員で元同局アナウンサーでもあった岡田泰典。出会いのきっかけは、岡田も出演していたTBS『朝のホットライン』だった(西本はレポーターで出演していた)。

引用元:西本ひろ子 - Wikipedia

























2026年6月24日水曜日

名古屋章



6月24日は、俳優・声優・ナレーターである、名古屋章(なごや あきら)の命日です。1949年にNHK東京放送劇団養成所入所し声優からキャリアはスタートする。俳優としても映画ではクセのある敵役や悪役を演じ、テレビドラマでは刑事役や大映テレビ制作の作品に常連出演するなど名脇役ぶりで親しまれ、特撮では「帰ってきたウルトラマン」のナレーターや「ウルトラマンタロウ」の朝日奈勇太郎隊長役を演じた。2003年6月24日、肺炎のため死去。72歳没。

名古屋 章(、1930年〈昭和5年〉12月8日 - 2003年〈平成15年〉6月24日)は、日本の俳優、声優、ナレーター。本名同じ。

東京府東京市麹町区九段出身。身長170cm、体重78kg。旧制九段中学校卒業。

NHK東京放送劇団、文学座、劇団雲を経て、1975年(昭和50年)以降はフリー。1950年代から半世紀にわたり、数多くの舞台、映画、ドラマ、ラジオに出演、ナレーターとしても活躍した。

1949年(昭和24年)に旧制中学を卒業すると、東京放送劇団(NHK)養成所に3期生として入所。同期には後に声優として活躍する勝田久、高橋和枝らがいた。

1952年(昭和27年)にはラジオドラマ『ぼたもち』に主演し、同年の芸術祭賞を獲得。このほか、ラジオドラマには『一丁目一番地』などに出演した。

1959年(昭和34年)に文学座へ入団。1963年(昭和38年)に劇団雲の創立に参加、1975年(昭和50年)の劇団雲の解散以後はフリーで活動し、地人会、こまつ座などの舞台にも出演した演劇人でもあった。1971年(昭和46年)には『釘』で第6回紀伊国屋演劇賞個人賞を、1983年(昭和58年)に『雨』で芸術祭演劇部門大賞を受賞している。

ラジオドラマ時代は美声を生かして二枚目を担当し、数多の女性ファンを獲得した。映画ではクセのある敵役や悪役を演じ、テレビドラマでは刑事役や大映テレビ制作の作品に常連出演するなど、名脇役ぶりで親しまれた。特撮では『帰ってきたウルトラマン』のナレーターや、『ウルトラマンタロウ』の朝日奈勇太郎隊長役が代表作である。

1991年(平成3年)から2003年(平成15年)まで、藤村有弘(1982年死去)から引継ぐ形で『ひょっこりひょうたん島』の2代目ドン・ガバチョ役を務めた。

2003年(平成15年)6月24日午前8時35分、肺炎のため死去。72歳没。

引用元:名古屋章 - Wikipedia





















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