2022年12月5日月曜日

篠田三郎



12月5日は、俳優の篠田三郎の誕生日です。1971年に特撮ドラマ「シルバー仮面」に出演、そして1973年に「ウルトラマンタロウ」で主役・東光太郎役で出演した。

篠田 三郎(しのだ さぶろう、1948年12月5日 - )は、日本の俳優。本名は、大塚 晴生(おおつか はるお)。

東京都港区麻布出身。日本大学第二高等学校中退。劇団民藝青山事務所所属。

養成所期間を経て大映東京撮影所に入社し、1966年に映画『雁』でデビュー。その後は大部屋に配属され、主に通行人などで出演を続けることになる。この時期には、ガメラシリーズ『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(1968年)にも端役で顔を出している。

1970年、帯盛迪彦監督の『高校生番長』で初主演を果たして以降、全4作までつくられたシリーズに男優のエースとして出演。1971年、関根恵子(現・高橋惠子)と共演した『高校生心中・純愛』のヒットによって『樹氷哀歌』『成熟』と関根とのコンビ作が続くが、この年末に大映は倒産してしまう。

活躍の場をテレビに移し、TBSのプロデューサー・橋本洋二からの誘いによる『ガッツジュン』で初レギュラーを得て、彼がプロデューサーを務めた『シルバー仮面』にも春日兄妹の三男・光三役でレギュラー出演した。1973年のウルトラシリーズ『ウルトラマンタロウ』 (TBS) では、主人公・東光太郎役を演じる。同年の『天下堂々』 (NHK) でも主演し、幅広いお茶の間の支持を得た。1974年の『若い!先生』では教師・海堂健太役を演じ、テレビスターとしての地位を確立する。

活動の中心をテレビに置きながら映画や舞台にも出演し、さわやかな個性で人気を得ている。

2020年1月より劇団民藝青山事務所に移籍。

他の昭和ウルトラシリーズの主演俳優と異なり、後のシリーズに客演していない。その理由については、『スポーツ報知』の「円谷プロ創立50周年記念特別号(2013年7月10日発売)内の『タロウ』40周年記念インタビューで「東光太郎は自分の中での青春の良き思い出としてとっておきたい」と話している。

ただし、『タロウ』を嫌っておらず、特撮誌などのインタビューでも撮影当時のエピソードを披露することは多い。「1年間も主役を演じられるから張り切っていたのを思い出す」「『タロウ』は自分にとって財産」「撮影することも撮影所に通うことも楽しかった」「演じるに当たって特別に意識したり心がけたことはなく、役の一環として捉えていた」などと語っている。

引用元:篠田三郎 - Wikipedia









2022年12月4日日曜日

佐久田脩 (佐久田修)



12月4日は、俳優・声優の佐久田脩(佐久田修)の命日です。2020年12月4日没。62歳。1984年に特撮ドラマ「星雲仮面マシンマン」にて主役・高瀬健/ニック/星雲仮面マシンマン役を演じた。

佐久田 脩(さくた おさむ、1958年7月9日 - 2020年12月4日)は、日本の俳優、声優。以前は本名の佐久田 修(読み同じ)名義で活動していた。

鹿児島県鹿児島市出身。

小学6年時に父親の転勤により母親と鹿児島から上京。鹿児島弁を矯正するために劇団いろはに入団。子役として『仮面ライダー』『人造人間キカイダー』などに出演。

1975年、NHK連続テレビ小説『水色の時』に大竹しのぶの弟・松宮俊彦役で出演。1976年、TBSのテレビドラマ『結婚するまで』では秋吉久美子の弟・真田健一役で出演。1977年、土曜ワイド劇場『野菊の墓』(テレビ朝日)で山口百恵の相手役を演じた。

1984年には、日本テレビで放映された特撮番組『星雲仮面マシンマン』の主演(高瀬健役)を務めた。マシンマンは口もとの見えるヒーローのため、アップでの演技や簡単なアクションなどは佐久田本人が演じた。また、高瀬健の役作りについては、「スーパーマンのクラーク・ケントを意識した」と語っている。

1990年代後半以降は、声優として外国映画・テレビドラマの吹き替えや、日本放送協会の大河ドラマ(地上デジタルテレビジョン放送・衛星デジタル放送のみ)、NHK人間講座等の副音声解説者としても出演している。

2012年10月からディスカバリーチャンネルで放送開始の『名車再生!クラシックカー・ディーラーズ』の交渉役マイク・ブルーワーの吹替を担当。同番組は同chの看板番組に成長したが、8年目の2020年11月放送分の新エピソードからマイクの声を降板。同年12月4日23時59分に膵臓癌により死去。62歳没。同月8日に所属事務所より発表された。親交のあった小野寺丈は2018年ごろから病気療養中であったことを自身のブログで明かしている。

引用元:佐久田脩 - Wikipedia




星雲仮面マシンマン - Wikipedia


土曜ワイド劇場(テレビ朝日)野菊の墓(1977年) - 主演・斎藤政夫 右・山口百恵



2022年12月3日土曜日

オジー・オズボーン (ブラック・サバス)



12月3日は、所謂「メタルの帝王」、ハードロックバンド「ブラック・サバス」のボーカリストならびにソロでも活動する、オジー・オズボーンの誕生日です。

オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne、1948年12月3日 - )は、イングランド出身のヘヴィメタル・ミュージシャン、シンガーソングライター。本名、ジョン・マイケル・オズボーン(John Michael Osbourne)。

母国の国民的ロックバンド「ブラック・サバス」及び、自身のソロ・バンドで長きに渡りボーカルを務め、世界的な知名度を誇る。また、デビュー当初からの愛称である「オジー」の他、「プリンス・オブ・ダークネス」「マッドマン」、日本では「メタルの帝王」など数々の異名で知られる。2020年1月、パーキンソン病を患っていることが発表された。

1970年2月13日金曜日、自費レコーディングによるアルバム"BLACK SABBATH"(邦題:「黒い安息日」)でデビュー。

1977年に一度脱退するがすぐに復帰。その後、1978年12月に正式に脱退(解雇)しソロに転向する。

1997年にオリジナル・メンバーによるラインナップで再結成し、19年ぶりに復帰。オズフェストのヘッドライナーをはじめ欧米各地では大歓迎を持って迎えられた。1998年にライヴ盤「REUNION」を発表。

2004年、2005年にもオズフェストのヘッドライナーを務める。前座に2004年はジューダス・プリースト、2005年はアイアン・メイデンが協力した。そして2017年、バンドは約50年に渡る活動の幕を閉じた。

1979年にソロ活動を開始。今は亡きギタリスト、ランディ・ローズともこの頃活動する。

しかし、ランディは1982年3月19日、飛行機事故でその短い生涯を終える。その後はジェイク・E・リーを筆頭に有能な若手ギタリストを発掘してメンバーに加えることが慣例化する。

1990年、突然ライヴツアーからの引退を宣言し、アルバム『NO MORE TEARS』を1991年にリリース。セールスはソロキャリアの中で最高を記録した。しかし1995年に「OZZMOSIS」を発表してライヴツアーを開始し、引退を撤回した。

2009年にはザックの後任としてガス・Gが加入、2010年6月発売のアルバム『SCREAM』から参加が決定した。

2017年、サバスの仕事を終えたオジーは、ソロツアーを再開。バンドにザックが復帰する。

2002年には、オズボーン一家のビバリーヒルズの豪邸でのハチャメチャな日常生活を追った、MTVのリアリティ番組『オズボーンズ』が世界的な人気を獲得、家族揃ってお茶の間におなじみの存在となった。

引用元:オジー・オズボーン - Wikipedia






ブラック・サバス - Wikipedia



2022年12月2日金曜日

尾碕真花



12月2日は、女優の尾碕真花の誕生日です。アイドルグループ「X21」の元メンバーであり、2019年にはスーパー戦隊シリーズ「騎士竜戦隊リュウソウジャー」にてアスナ/リュウソウピンク役を演じる。

尾碕 真花(おさき いちか、2000年12月2日 - )は、日本の女優であり、アイドルグループ・X21の元メンバーである。

高知県高知市出身、オスカープロモーション所属。

2012年、第13回全日本国民的美少女コンテストで審査員特別賞を受賞。当初はモデル志望だったが、同コンテストのファイナリストにより結成されたアイドルグループ「X21」のメンバーとなり、2018年のグループ解散時まで活動。

2018年12月から2019年1月に放送された東海テレビ・フジテレビ系オトナの土ドラ『さくらの親子丼2』で民放連続ドラマ初出演。

2019年2月18日、堀越高等学校を卒業。同年3月スタートのスーパー戦隊シリーズ第43作『騎士竜戦隊リュウソウジャー』(テレビ朝日系)で、ヒロイン・アスナ / リュウソウピンク役に起用される。

趣味は絵を描くことや食べること、特技はどこでも寝られること。食事に関しては寿司25皿やステーキ450グラムを完食するエピソードをもっており、『リュウソウジャー』での役柄にも反映されている。一方、見ただけでビクッとしてしまうと言うほど鳩が苦手。

『リュウソウジャー』を含むスーパー戦隊シリーズについては、自分がテレビ朝日系列局のない高知県に中学卒業までいたこともあり、スーパー戦隊シリーズはテレビ高知で放送されてはいるが、ほとんど見る機会がなく、全く知ることがなかったと話している。本格的に見るようになったのは、『リュウソウジャー』のアスナ役に決まった後に録画して見始めた前作『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』だったという。

引用元:尾碕真花 - Wikipedia











2022年12月1日木曜日

中山昭二



12月1日は、俳優の中山昭二の命日です。1998年12月1日没。70歳。

中山 昭二(なかやま しょうじ、1928年2月26日 - 1998年12月1日)は、日本の俳優。本名は、中山 昭治。元妻は女優の横山道代。

身長172cm、体重72kg。趣味は読書、熱帯魚の飼育、ランの栽培、釣り、日本舞踊、モダンダンス。

1952年、越路吹雪の相手役として舞台に出演したところを、日米合作映画『アナタハン』の撮影で来日していたジョセフ・フォン・スタンバーグ監督にスカウトされ、同作品への出演を期に映画界へ転身する。ちなみにこの作品には撮影スタッフとして円谷英二も参加しており、はからずも両者は運命的な出会いを果たすことになった。

『アナタハン』出演後は新東宝に入社し、1953年に映画『憲兵』で主役デビュー。その甘いマスクで一躍新東宝を代表するスターとなる。1959年、東映東京に移籍。

東映進出と並行して出演するようになったテレビ作品では、NTVのサスペンスドラマ『ヘッドライト』『青年弁護士』に主演。続いて『特別機動捜査隊』『ウルトラセブン』とレギュラー出演を重ね、いずれもメンバーをまとめる司令塔的な役回りであった。

元々撮影当時は「子供番組(に出る)なんて恥ずかしい」と言っていた様だが、後年アンヌ隊員役のひし美ゆり子の本出版パーティーにおいて「なんだかんだ言っても、俺の代表作はセブンなんだよな……」と語っていたことを、ひし美本人が証言している。

1970年代以降は脇に回るようになり、ジャンルを問わずさまざまな作品で渋い個性を発揮。中でも時代劇への出演は数知れず、悪家老などの黒幕的な敵役として、馴染みのある存在だった。

晩年は日光江戸村の芸能師範(専務取締役)として後進の育成にあたっていたため、テレビの出演から遠ざかっていたが、日本テレビの『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』の1コーナー「志の輔のクイズを探せ!」で、同村の案内役として、浪人の装いでVTR出演。リポーターとして訪れた立川志の輔に、「あっ、ウルトラセブンのキリヤマ隊長でしょ?」とツッコまれた中山は、当時キリヤマ隊長の名ゼリフだった「なにっ!?」と返したことがある。

1998年に肺炎で他界。70歳没。

引用元:中山昭二 - Wikipedia





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