2026年6月27日土曜日

ダニエル・ビダル



6月27日は、モロッコ生まれのフランスの女性歌手である、ダニエル・ビダル(Danièle Vidal)の誕生日です。1969年、17歳で歌手デビュー。日本では「天使のらくがき」が当時のオリコン12位まで上がるヒットを記録、日本語の歌詞を付けた盤も出されるなど、彼女の活動の舞台は日本に置かれ、1970年初頭よりしばしば日本に長期滞在していた。1980年に日本のグループ・サウンズ「チャコ&ヘルスエンジェル」のメンバー柴田功と結婚し男児をもうけたが、後に離婚している。

ダニエル・ビダル(Danièle Vidal、1952年6月27日 - )は、モロッコ生まれのフランスの女性歌手。1970年代前半に日本で活躍したことで知られる。

当時フランス保護領であった北アフリカのモロッコ生まれ。シャルル・アズナヴールにスカウトされ、バークレイ・レコードへ。

1969年、17歳で歌手デビューし、「Aime ceux qui t'aiment(汝を愛する者たちを愛せ)」というレコードを出した。これはロシアのポピュラー歌手エディタ・ピエーハのカバーで、新しくフランス語の歌詞をつけて本国フランスで発売された。その後、加橋かつみのソロ・アルバムのプロデューサーとして渡仏していた川添象多郎にスカウトされ、「Aime ceux qui t'aiment」に「天使のらくがき」という邦題をつけ日本で発売された。また、日本語の歌詞を付けた盤も出されるなど、彼女の活動の舞台は日本に置かれた。そのため1970年初頭より、しばしば日本に長期滞在している。

当初は歌唱力にやや難があったとの意見があったらしい。金髪碧眼で身長155センチと小柄な事からフランス人形のように愛らしいと形容され、フランス語の曲の紹介で大きな人気を得た。日本語の歌のレコードを出すだけでなく、テレビのバラエティ番組にもしばしば出演し、日本のアイドルタレントの観を呈した。本人も親日家である事を公言しており、現在もごくたまにテレビ番組等に出演した際は流暢な日本語を話している。

1980年に日本のグループ・サウンズ「チャコ&ヘルスエンジェル」のメンバー柴田功と結婚し男児をもうけたが、後に離婚。現在はドラギニャンでパートナーとレストランを経営している。

引用元:ダニエル・ビダル - Wikipedia

































2026年6月26日金曜日

山本スーザン久美子 (元 おニャン子クラブ)



6月26日は、元アイドルで元「おニャン子クラブ」会員番号32番だった、山本スーザン久美子(やまもと スーザン くみこ)の誕生日です。「スーザン」というミドルネームが付いており、ハーフであるが、幼少期に少しだけハワイに在住していたことがあるだけで、基本的には日本で特に祖母に厳しく育てられたという。英語の能力は「映画は字幕なしでも理解できる」、「相手の言っていることはだいたいわかる」といったレベル。1986年9月26日におニャン子クラブ卒業、芸能界を引退したが、出版社勤務の後、現在はJR東海グループの株式会社ウェッジ営業課長。2017年、東海道新幹線グリーン車搭載誌仕掛人として紹介された。

山本 スーザン 久美子(やまもと スーザン くみこ、1966年6月26日 - )は、日本の元アイドルである。文京学院短期大学英語英文学科卒。本名・山本久美子。

東京都出身。芸能界に憧れていたわけではないが、テレビに出てみたいという軽い気持ちで1985年12月13日の『夕やけニャンニャン』の「ザ・スカウトアイドルを探せ」のコーナーに出演。インパクトのある名前(オーディション時点でのエントリーネームは「山本久美子」だったが、本人は当時から「山本スーザン久美子」と名乗っていた。)と外見に似つかわしくない日本民謡を歌ったことがとんねるずにいじられ、その悪ノリから会場の人気を集め、見事合格。おニャン子クラブ会員番号32番となる。とんねるずは後にプロデューサーから「変な奴を入れるな!」と怒られ、この一件以来会場投票はなくなった。絶大な人気は得られなかったが、本人の明るいキャラが受けお笑い担当を務めた。

1986年9月26日の第2回卒業式に4番新田恵利、9番名越美香、11番福永恵規、25番吉沢秋絵らと共におニャン子クラブを卒業。卒業の理由はオフィシャル本によれば「学校に行く意欲をなくしていたように見られたので」というもの。卒業と同時に芸能界を引退したため、芸能プロダクションに所属しておらず、顕著なタレント活動は行っていないが、後の同窓会企画やイベントなどの再結成ではほぼ毎回出席している。2023年12月16日には13番内海和子、15番立見里歌、22番白石麻子の3人で東京・青山のライブハウス「青山月見ル君想フ」で「年忘れとCHRISTMAS会&ファンの集い、そしてLIVE」を開催したが、会場内に名越美香と二人で久々に公の場所に登場した。

1996年、渡辺美奈代が出演した「新伍&紳助のあぶない話」に「BAKUDAN」(サプライズゲスト)として出演。JR東海に就職したことを明かした。岩井由紀子、吉沢秋絵、山森由里子らと共に美奈代の結婚披露宴に出席し、後の2000年4月に新宿で行われた渡辺のコンサートイベントにもゲスト出演している。

引用元:山本スーザン久美子 - Wikipedia



















2026年6月25日木曜日

西本ひろ子 (女優・タレント、西生恵子)



6月25日は、女優・タレントだった西本ひろ子(にしもと ひろこ)の誕生日です。1985年の「電撃戦隊チェンジマン」にて渚さやか/チェンジマーメイド役で出演したのが最も有名。夫はTBSの広報局員で元同局アナウンサーでもあった岡田泰典。現在は芸能界を引退している。

西本 ひろ子(にしもと ひろこ、1963年6月25日 - )は、日本の元女優、元タレント。本名(旧姓名)および旧芸名、西本 浩子。

愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校、明治大学政経学部卒業。テアトルアカデミーに所属していた。

父親は、地元中学の教頭。アナウンサーを目指して上京するが、演技に興味を持つようになり、俳優の道を目指す。テレビドラマ『スチュワーデス物語』でデビュー。代表作は『電撃戦隊チェンジマン』の渚さやか(チェンジマーメイド)役で、スーパー戦隊シリーズでは初の女性ホワイト戦士である。なお、オーディションでの一人芝居が良かったことから採用されたという。

趣味・特技はテニス、英会話。

現在は芸能界を引退している。夫はTBSの広報局員で元同局アナウンサーでもあった岡田泰典。出会いのきっかけは、岡田も出演していたTBS『朝のホットライン』だった(西本はレポーターで出演していた)。

引用元:西本ひろ子 - Wikipedia

























2026年6月24日水曜日

名古屋章



6月24日は、俳優・声優・ナレーターである、名古屋章(なごや あきら)の命日です。1949年にNHK東京放送劇団養成所入所し声優からキャリアはスタートする。俳優としても映画ではクセのある敵役や悪役を演じ、テレビドラマでは刑事役や大映テレビ制作の作品に常連出演するなど名脇役ぶりで親しまれ、特撮では「帰ってきたウルトラマン」のナレーターや「ウルトラマンタロウ」の朝日奈勇太郎隊長役を演じた。2003年6月24日、肺炎のため死去。72歳没。

名古屋 章(、1930年〈昭和5年〉12月8日 - 2003年〈平成15年〉6月24日)は、日本の俳優、声優、ナレーター。本名同じ。

東京府東京市麹町区九段出身。身長170cm、体重78kg。旧制九段中学校卒業。

NHK東京放送劇団、文学座、劇団雲を経て、1975年(昭和50年)以降はフリー。1950年代から半世紀にわたり、数多くの舞台、映画、ドラマ、ラジオに出演、ナレーターとしても活躍した。

1949年(昭和24年)に旧制中学を卒業すると、東京放送劇団(NHK)養成所に3期生として入所。同期には後に声優として活躍する勝田久、高橋和枝らがいた。

1952年(昭和27年)にはラジオドラマ『ぼたもち』に主演し、同年の芸術祭賞を獲得。このほか、ラジオドラマには『一丁目一番地』などに出演した。

1959年(昭和34年)に文学座へ入団。1963年(昭和38年)に劇団雲の創立に参加、1975年(昭和50年)の劇団雲の解散以後はフリーで活動し、地人会、こまつ座などの舞台にも出演した演劇人でもあった。1971年(昭和46年)には『釘』で第6回紀伊国屋演劇賞個人賞を、1983年(昭和58年)に『雨』で芸術祭演劇部門大賞を受賞している。

ラジオドラマ時代は美声を生かして二枚目を担当し、数多の女性ファンを獲得した。映画ではクセのある敵役や悪役を演じ、テレビドラマでは刑事役や大映テレビ制作の作品に常連出演するなど、名脇役ぶりで親しまれた。特撮では『帰ってきたウルトラマン』のナレーターや、『ウルトラマンタロウ』の朝日奈勇太郎隊長役が代表作である。

1991年(平成3年)から2003年(平成15年)まで、藤村有弘(1982年死去)から引継ぐ形で『ひょっこりひょうたん島』の2代目ドン・ガバチョ役を務めた。

2003年(平成15年)6月24日午前8時35分、肺炎のため死去。72歳没。

引用元:名古屋章 - Wikipedia





















2026年6月23日火曜日

石橋けい (石橋桂・石橋ケイ)



6月23日は、女優の石橋けい(いしばし けい 旧芸名・石橋桂、石橋ケイ)の誕生日です。1992年のテレビドラマ「NIGHT HEAD」でデビュー。1993年「有言実行三姉妹シュシュトリアン」で山吹家の次女・山吹月子役を演じて当たり役となる。以降実力派女優としてドラマや舞台で活動を続ける。

石橋けい(いしばし けい、本名:石橋桂(読み同じ)、1978年6月23日 - )は、日本の女優。旧芸名:石橋桂、石橋ケイ。

神奈川県横浜市出身。吉住モータース所属。堀越高等学校、調布学園女子短期大学卒業。体重53kg。特技はモダンバレエ、水泳、ピアノ。趣味は芸術鑑賞、カメラ。

『有言実行三姉妹シュシュトリアン』の山吹月子役や平成ウルトラマンシリーズへの出演で知られる。

映画のオーディションがきっかけでスカウトされ、1992年放映のテレビドラマ『NIGHT HEAD』でデビュー。

1993年、『有言実行三姉妹シュシュトリアン』で山吹家の次女・山吹月子役を演じて当たり役となる。

1994年、東日本キヨスク(現・JR東日本リテールネット)のイメージガールを務める。

『シュシュトリアン』の三姉妹役で共演した広瀬仁美がレギュラー出演していた『忍者戦隊カクレンジャー』の第35話『おしおき三姉妹』に、同じく三姉妹役で共演した田中規子と共にゲスト出演し、『シュシュトリアン』のパロディを演じた。

1996年、『ウルトラマンティガ』に準レギュラーとして出演。以後、続編2作を始め平成ウルトラマンシリーズの常連キャストとなる。

2008年よりパチンコ・コンコルドのCM(静岡県ローカル、2021年まで)に出演したのをきっかけに山内ケンジ演出作品の常連となる。2016年の映画『At the terrace テラスにて』では、群像劇ながら主演をつとめている。

2008年10月5日、逗子マリーナの「リビエラ」で俳優の古宮基成と結婚式を挙げた。

2018年7月、『有言実行三姉妹シュシュトリアン』の姉妹役で共演した広瀬仁美主催のイベント『白雪姫外伝』にシークレットゲストとしてビデオメッセージを送った(同イベントには同じく姉妹役で共演した田中規子もゲスト出演していた)。

引用元:石橋けい - Wikipedia

























人気の投稿(過去7日間)