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2025年3月20日木曜日

カール・パーマー (エマーソン・レイク・アンド・パーマー、エイジア)



3月20日は、イングランド出身のロックミュージシャン・ドラマーのカール・パーマー(Carl Palmer)の誕生日です。ロックトリオ「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」の活動で一世を風靡、後に80年代よりロックバンド「エイジア」でも活動。現在は「Carl Palmer’s ELP LEGACY」や「カール・パーマー・バンド」でも活動する。

カール・パーマー(Carl Palmer、1950年3月20日 - )は、イングランド出身のロック・ミュージシャン、ドラマー。

主にプログレッシブ・ロックの分野で活動し、「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」と「エイジア」で世界的な成功を収めた。また「カール・パーマー・バンド」を率いて活動した。

ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100人のドラマー」第10位。

自らを「クラシックの教育を受けているけど、根本的にはロックのドラマー」と評する。クラシック音楽での打楽器の解釈・モダン・ジャズの奏法・独特のフィルセンスによるロック奏法といった、独自の奏法とグルーヴ感を有する。そのいずれもがミックスされたEL&Pにおいては、様々なレパートリーでエマーソンの奔放さとレイクのリリシズムの双方に巧みに合わせたプレイを残している。時にライブで「走る」ほど前のめりでアグレッシヴなプレイは、参加したバンドの音楽性にハード・ロック的ですらある跳ねるような躍動感をもたらした。スティックの握り方はほとんどの曲においてレギュラーグリップである。

近年は『ラディック』製のビスタライトを使用している。かつてはスリンガーランド、1980年代はREMOを使用していたが、エイジアのオリジナル・メンバーでの再結成後にラディックに戻った。シンバルはパイステを使用。

引用元:カール・パーマー - Wikipedia












エマーソン・レイク・アンド・パーマー - Wikipedia


エイジア - Wikipedia


3 (バンド) - Wikipedia





2021年3月10日水曜日

キース・エマーソン



3月10日は、イギリス出身のキーボーディスト・作曲家、「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」で一世を風靡した、キース・エマーソンの命日です。2016年3月10日没。71歳。

キース・ノエル・エマーソン(英語: Keith Noel Emerson、1944年11月2日 - 2016年3月10日)は、イギリス出身のキーボーディスト、作曲家。シンセサイザー奏者の草分け的存在であり、ロックにクラシックやジャズの要素を取り入れ、シンセサイザーを楽曲の中心に導入した先駆者とされる。

1970年代前半にイギリスのプログレッシブ・ロック・バンド「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」(Emerson, Lake & Palmer, ELP) のメンバーとして活動し、本国イギリスやアメリカを始め、世界的な人気と知名度を獲得した。また、当時まだ開発されて間も無いシンセサイザー(モーグ・シンセサイザー)を世界に知らしめた功績でも知られる。特に「ロックという分野においてシンセサイザーをどう使うかという方法論を提示した最初の人物」とロバート・モーグから評されている。

2016年3月11日未明、カリフォルニア州サンタモニカの自宅で倒れているのを同居の日本人女性が発見し通報、死亡が確認された。71歳没。当初は死因は不明とされていたものの、サンタモニカ警察は頭部を銃で自ら撃ったことによる自殺と判断、ロサンゼルス郡検視局によって自殺と断定された。訃報を受け、ELPメンバーを始め、多くのミュージシャン、アーティストから追悼コメントが寄せられた。

引用元:キース・エマーソン - Wikipedia





2020年12月7日月曜日

グレッグ・レイク



12月7日は、イギリス出身のミュージシャン、グレッグ・レイクの命日です。2016年12月7日没。69歳。プログレッシブロックバンド「キング・クリムゾン」や「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」などの活動で一般によく知られている。

グレッグ・レイク(英語: Gregory Stuart "Greg" Lake、1947年11月10日 - 2016年12月7日)は、イギリス出身のボーカリスト、ベーシスト、ギタリスト、作詞家、作曲家。

1969年にデビューを飾ったプログレッシブ・ロック・グループ、キング・クリムゾンにおいてはデビュー・アルバムの『クリムゾン・キングの宮殿』でベースとボーカルを担当。セカンド・アルバム『ポセイドンのめざめ』ではピーター・ジャイルズがベースを担当した為に、ベースではなくギターを弾いている。その後、1970年にエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)を結成。同バンドの人気上昇とともに、グレッグ・レイク自身も世界的な知名度を獲得していった。

1980年にELPが解散した後、ゲイリー・ムーアやテッド・マッケンナ等を迎えたソロ・プロジェクトに着手し、1981年に発表された初のソロ・アルバム『グレッグ・レイク&ゲイリー・ムーア』は、ELPとは異なりギターを重視した音作りで、レイクのボーカルもよりハードロック的になっている。1983年には一時的にエイジアのメンバーとなってカール・パーマーと合流し、伝説的な武道館公演を行っている(この公演の模様はライブ・ビデオ『エイジア・イン・エイジア』に収録されている)。
その後、しばらくソロ・アーティストとしての活動を行なっていたが、ELPを再結成させて、ワールド・ツアーを敢行。

2016年3月10日、キース・エマーソンが急死。訃報を受けたレイクは哀悼のメッセージを送った。そして12月7日、自身も癌闘病の末に死去。69歳没。

引用元:グレッグ・レイク - Wikipedia





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