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2026年5月20日水曜日

増山江威子



5月20日は、女優・声優である、増山江威子(ますやま えいこ)の命日です。1960年代から青二プロダクションに所属し声優としての活動が始まる。1973年放送の「キューティーハニー」で初代ハニーの声を担当し、「天才バカボン」ではバカボンのママの声を担当、1977年の「ルパン三世 (TV第2シリーズ)」より峰不二子役を沢城みゆきに交代する2011年まで演じた。2024年5月20日、肺炎のため死去。88歳没。

増山 江威子(ますやま えいこ、1936年〈昭和11年〉4月22日 - 2024年〈令和6年〉5月20日)は、日本の女優、声優、ナレーター。東京府東京市(現在の東京都)品川区荏原出身。青二プロダクション最終所属。

4人姉妹の末っ子として生まれる。小さい頃はゆっくりした話し方で、教師に「あなた、ちゃんとお話しできないの?」と言われショックを受けるなど、次第にその話し方に劣等感を持つようになる。

幼少期はバレリーナを目指しレッスンも行っていたが、肺病のため12歳の時に断念した。「何か夢を持ちたい」と思っていたころに、義理の兄の紹介もあり、ゆっくりした話し方を克服しようと新児童劇団(現在の劇団新児童)に所属し、指導担当だった麻生美代子に師事する。そこで話し方の劣等感を克服し、自然と演技に興味を持つようになる。

立正学園高等学校出身。

15歳の頃、児童劇団に所属する年齢でもなくなったため、近い世代の毒蝮三太夫・稲吉靖司・影万里江・北浜晴子・豊原ミツ子らと「劇団山王」を立ち上げる。数年後、浅利慶太に「女優が少ないから」と頼まれ、影万里江とともに劇団四季に移籍した。テレビ出演、海外ドラマの吹き替えの仕事もするようになったという。四季にラジオドラマやアテレコの仕事が入って来るうちに声の仕事に興味を持ち始める。プライベートで時間の制約ができてしまい、時間が不規則なテレビ、稽古が必要な舞台の仕事が難しくなっていったという。

その後、「声の仕事だけに集中しよう」と決意し、家庭や子育てを仕事と両立させるため、舞台などよりは比較的短時間でできる声優業に専念するようになり、高松里友子事務所を経て、1960年代から青二プロダクションに所属した。

2017年、『東京アニメアワード2017』において「アニメ功労部門」を受賞した。

2021年、第15回声優アワードで「功労賞」を受賞した。

2024年5月20日、肺炎のため死去。かねてから病気療養中だったという。88歳没。葬儀は本人の意向により家族葬として行い、訃報は、6月3日に青二プロダクションより発表された。最後の出演は、2023年10月23日に放送された『それいけ!アンパンマン』のあきかぜさん役と報道されたが、翌2024年2月2日放送分にやみの女王役で出演しており、こちらが生前最後の出演となった。

引用元:増山江威子 - Wikipedia

















2024年12月18日水曜日

前川陽子 (歌手)



12月18日は、アニメソング歌手・ジャズシンガーの前川陽子(まえかわ ようこ)の誕生日です。1973年の「キューティーハニー」の主題歌や1974年の「魔女っ子メグちゃん」の主題歌での歌唱が一般にお馴染み。近年はジャズシンガーとしての活動の傍らアニメ関係のイベントにも登場している。

前川 陽子(まえかわ ようこ、1950年12月18日 - )は、日本のアニメソング歌手、ジャズシンガー。

大阪府生まれ、佐賀県出身。跡見学園女子大学文学部出身。NHKでは、ささきいさお・水木一郎・堀江美都子と並んで、「アニメソング四天王」と称される。

東映児童演劇研修所出身。練馬区立練馬中学校1年生(1963年)の時、宇野誠一郎に美声と歌唱力を注目されてNHK人形劇『ひょっこりひょうたん島』のテーマソングで歌手デビューした。当時の子ども向け番組の主題歌は少年少女合唱団やコーラスグループが歌うのが慣例で、ソロで歌う例は少なく、日本初のアニメ・子供番組専門のソロ歌手となった。

その後、『魔法使いサリー』(1966年)、『リボンの騎士』(1967年)などテレビアニメの主題歌の他、かっぱえびせんなどのCMソングを1000曲近く歌った。また、1968年・1969年には歌謡曲のシングルも発表している。

ヤング・フレッシュに在籍していた時期があり、特に『仮面の忍者 赤影』や『悟空の大冒険』の歌ではヤング・フレッシュの歌唱部分に前川の歌声を聴くことができる。大学進学で音楽を本格的に勉強したいということで、1960年代末から1970年代初頭まで、一時歌手休業していた。

1973年に、この曲ならばと復帰した代表曲、渡辺岳夫作曲の「キューティーハニー」(1973年)では、セクシーな内容の歌詞と前川の歌唱力の相乗効果で大きなインパクトを与えた。

「キューティーハニー」で前川の歌声を気に入った渡辺岳夫はその翌年、わざわざ彼女に歌わせる前提で『魔女っ子メグちゃん』のオープニングとエンディングの主題歌を作曲した。

"思うところがあり"(本人談)、また結婚、子育てなどで数年休業の後、『あさりちゃん』(1982年)で復帰した。

その後、再び休養に入ったが、2001年にジャズ歌手として復帰した。近年ではジャズシンガーとしての活動の傍ら、積極的にアニメ関係のイベントにも登場している。

引用元:前川陽子 - Wikipedia





















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