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2023年4月6日木曜日

山口豪久 (山口暁・山口あきら)



4月6日は、俳優の山口豪久(やまぐち たけひさ、旧芸名・山口暁、山口 あきら)の命日です。特撮ドラマ「仮面ライダーV3」結城丈二/ライダーマン役や「電人ザボーガー」大門豊役で有名。1986年4月6日没。41歳。

山口 豪久(やまぐち たけひさ、1945年1月25日 - 1986年4月6日)は、日本の俳優。本名:山口 智之(やまぐち ともゆき)、旧芸名:山口 暁(やまぐち あきら)、山口 あきら。

出生は東京都。妻は元女優の山口千枝、長女も元女優の山口貴子。

東京実業高等学校在学中に、新東宝のオーディションに合格。1964年、国際放映の特撮テレビドラマ『忍者部隊月光』(フジテレビ)の名月役でデビュー。

1966年、ピー・プロダクションの特撮テレビ番組『マグマ大使』(フジテレビ)第17話にゲスト出演。のちに妻となる山口千枝と共演。その後も特撮作品を中心に活躍したが、スランプを経験し、「劇団NLT」の俳優教室に1年間通い、演技の基礎を磨き直した。

1972年、前述の山口千枝と結婚。後に2女をもうける。

1973年、東映の特撮テレビ番組『仮面ライダーV3』(毎日放送)に結城丈二 / ライダーマン役で出演。翌1974年には『電人ザボーガー』(フジテレビ)に大門豊役で出演し、これが初主演作品となった。

1984年、『10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』(毎日放送)に、再び結城丈二 / ライダーマン役で出演。この特番が仮面ライダーシリーズへの最後のゲスト出演であり、俳優の仕事における遺作となった。

1986年4月6日、41歳で肝臓癌のため死去。入院からわずか4日後の急逝だった。学生食堂の店長として出店していた桜美林高等学校に当時在籍していた生徒から訃報を伝える投書が、特撮雑誌『宇宙船』Vol.32(1986年10月号)に掲載された。

引用元:山口豪久 - Wikipedia











2020年6月14日日曜日

宮内洋


6月14日は、数々の特撮ヒーロー番組への出演で人気を博した、俳優の宮内洋の誕生日です。

1973年:『仮面ライダーV3』主演:風見志郎 / 仮面ライダーV3(声)役
1975年:『秘密戦隊ゴレンジャー』新命明 / アオレンジャー(声)役
1977年:『快傑ズバット』主演:早川健 / ズバット(声)役
1977年:『ジャッカー電撃隊』番場壮吉 / ビッグワン(声)役

宮内 洋(みやうち ひろし、1947年〈昭和22年〉6月14日 - )は、日本の俳優。本名は同じ。

東京都杉並区出身。日本大学商学部経営学科卒業。丹波プロダクション、東映俳優センターを経て、現在はオフィス28に所属。

ファンサービスにも熱心であり、子供からのファンレターに対しては平仮名を用い、子供にも読めるよう字を崩さずに書くことを心掛けている。

「特撮ヒーロー番組とは子供達に正義の心を教える教育番組に外ならない」とのポリシーを示しており、「愛と、勇気と、正義と、希望。そういったものを与えるのがヒーローであります」と、今もなお一貫してヒーローの美学を説き続けている。

宮内自身が主演をつとめた4本の作品について均等に思い入れがあり、京本政樹の「これまでの中で一番思い入れのある作品は」という質問に対して「全部です」と答えている。

『特救指令ソルブレイン』に出演当時、「今まで4本の変身ヒーロー物に出演してきたのに、今も『ソルブレイン』のようなお子様番組に出演して、どうしてお子様番組ばかりに出演するのか」と訊かれることがあったという。その意見に対して「お子様番組って何ですか? 内容は子供に分かりやすく作っているかも知れないが、映像のプロが心血注いで作った作品をお子様番組と呼ぶのは心外だ」と反論している。

引用元:宮内洋 - Wikipedia


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