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2023年3月9日木曜日

中田博久



3月9日は、俳優の中田博久の誕生日です。主に時代劇や特撮物の悪役を中心とした名バイプレーヤーとして有名。

中田 博久(なかた ひろひさ、1943年3月9日 - )は、日本の俳優。本名は同じ。身長176cm、体重78kg。

東京都出身。日本大学藝術学部卒業。東映出身。川崎事務所を経て、アール・クルー所属。父親は戦前中の二枚目俳優で戦後は映画製作会社の社長・中田弘二。妻は女優の新井茂子。甥は映画監督の中田圭。柴田亜美は父の兄の孫である。

日本大学第二高等学校在学中の1960年、父がかつて所属していた日活のニューフェースとして映画『南海の狼火』でデビュー。その後、日本大学藝術学部に進学し、卒業後の1965年に東映で再デビューを果たす。

『昭和残侠伝』シリーズなどで重要な役柄を演じる一方、特撮作品では主役級で活躍。

『名探偵明智小五郎シリーズ 怪人四十面相』では明智小五郎役を演じた。

1967年には『ウルトラマン』の後番組である『キャプテンウルトラ』に主演。宇宙を舞台に怪獣や侵略者と戦う素顔の等身大ヒーローを演じた。

1970年代以降、アクの強い悪役を演じる機会が増加。『仮面ライダーアマゾン』(ゼロ大帝)や『超電子バイオマン』(メイスン)などに出演した。

21世紀に入ってからは、2時間ドラマに顔を出すほか、河崎実監督の作品には常連として出演している。

特技は柔道、殺陣、乗馬、ゴルフ、料理。

引用元:中田博久 - Wikipedia













2021年12月3日金曜日

岡崎徹



12月3日は、元俳優・歌手の岡崎徹の誕生日です。「仮面ライダーアマゾン」アマゾン(山本大介)役の好演で有名。

岡崎 徹(おかざき とおる、1948年12月3日 - )は、日本の元俳優、元歌手。本名同じ、旧芸名、片岡 義昌。
長崎県長崎市出身。長崎県立長崎北高等学校卒業。太陽プロモーションに所属していた。

高校卒業後、友人の紹介で上京。日活の研究生、歌手・水原弘の付き人を経て、モデルとして活動する一方で作曲家の北原じゅんに師事し、1971年に片岡義昌の芸名でシングル「心に準備のない私」で歌手デビューする。しかし、ヒットには至らず芸名を本名に戻して、東映のオーディションに合格。

1972年、『不良番長 のら犬機動隊』で俳優デビューし、同じく不良番長シリーズの『一網打尽』にも出演。1974年、日活制作のアクションドラマ『電撃!! ストラダ5』で主役のペガサス / 堀田貫介を演じ、同年『仮面ライダーアマゾン』の主役であるアマゾン(山本大介)役に抜擢された。

その後、ドラマ『非情のライセンス』の撮影中にオートバイで転倒し、右足複雑骨折という重傷を負ってしまい、長期入院後、芸能界に復帰せず引退。長崎に帰郷して、父親とともに釣りに出かけるなど3年ほどの療養生活を送り、知人の勧めで福岡市でスナック「a&b」を経営していたが、閉店。

その間、1986年に書籍『仮面ライダー大全集』にコメントを寄せ、1991年のイベント「仮面ライダーワールド」に出席したが、「a&b」閉店後は所在がつかめず、1999年に刊行された歴代仮面ライダー主演俳優のインタビュー本『不滅のヒーロー 仮面ライダー伝説』には両親がインタビューに応じている。

2005年に自伝本『アマゾンから帰った男』(星雲社)を出版。それに合わせて、同年8月28日に開催された「第13回東京トイフェスティバル」に登場し健在ぶりをアピールした。この時に「芸能界に戻るつもりはない」と語っているが、何度か自身の出演作品に関するインタビューには応じている。

引用元:岡崎徹 - Wikipedia







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