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2026年3月18日水曜日

菅野よう子



3月18日は、作曲家・編曲家・演奏家・音楽プロデューサーである、菅野よう子(かんの ようこ、Yoko Kanno)の誕生日です。主にアニメ、ゲーム、CM、ドラマ、映画の音楽を手掛けている。坂本真綾とのコラボでもお馴染み。本名以外での活動として「Gabriela Robin」「SEATBELTS(シートベルツ)」「Samply Red」などがある。

菅野 よう子(かんの ようこ、Yoko Kanno、1963年3月18日 - )は、日本の作曲家・編曲家・演奏家・音楽プロデューサー。宮城県仙台市出身。主にアニメ、ゲーム、CM、ドラマ、映画の音楽を手掛けている。Meow on the Bridge(音楽事務所)、Captain Duckling Records(音楽レーベル)所属。本名は菅野 洋子(読みは同じ)。チェリストの溝口肇は元夫である。

即興ピアニスト・作曲家の菅野洋子とは、同姓同名であるうえ宮城県出身、早稲田大学出身という経歴も似ているが別人である。

1985年に光栄(現コーエーテクモゲームス)の歴史シミュレーションゲーム『三國志』の音楽を手がけて作曲家デビュー。以後、光栄のゲームでは「信長の野望シリーズ」や「大航海時代シリーズ」なども担当する。1986年にはバンド「てつ100%」のキーボード奏者としてレコードデビューし、同時期にはアルバイトでおニャン子クラブのバックバンドにも参加した。バンド解散後は演奏家としてレコーディングやライブに参加し、作曲家として今井美樹、小泉今日子、SMAPなどの歌手への楽曲提供・プロデュースを行う。

1991年より広告業界で多数のCMソングを作曲。手がけた作品は1000曲を超え「CMソングの女王」という呼び名もある。1998年にはCM音楽賞の最高峰ともいえる三木鶏郎広告音楽賞を受賞した。映画監督の中島哲也や石川寛とはこの分野で知り合い、テレビドラマや映画の音楽を担当している。

1994年の『マクロスプラス』よりアニメのサウンドトラック(劇伴)制作を担当。アニメ監督の河森正治や渡辺信一郎とは以後の作品でもコンビを組むことになる。日本ゴールドディスク大賞(アニメアルバム部門)を受賞した『カウボーイビバップ』ほか『∀ガンダム』、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』などの音楽を担当し、『創聖のアクエリオン』『マクロスF』などのシングル・アルバムヒットも生む。また、声優の坂本真綾を9年間にわたり、音楽面でプロデュースした。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では出身地の宮城県が被災地となったが、発生翌日に応援ソング「きみでいて ぶじでいて」をYouTube上で公開し反響を呼んだ。同年の第62回NHK紅白歌合戦ではオープニングテーマ「1231」を担当。2012年にはNHK東日本大震災プロジェクトのテーマソング「花は咲く」を作曲、同年の第63回NHK紅白歌合戦ではコーラス指揮と審査員を担当。その後もNHK関連の仕事が続き、連続テレビ小説『ごちそうさん』、大河ドラマ『おんな城主 直虎』の音楽を担当する。

クラシックから民族音楽、ロック、テクノ、アイドルポップまで、古今東西の多様な音楽ジャンルの要素を巧みに取り入れる。渡辺信一郎は初めてデモテープを聴いたとき「本当にひとりの人が作ってるの?」と驚き、初対面での愛らしい印象とのギャップから、ゴーストライターがいるのではないかといぶかしがった。本人にはジャンルや自分の音楽性という意識はなく、「作品が最初から持っている音を掘り出しているみたいな感覚です」と語っている。器用貧乏と言われ傷ついた事もあるというが、「器用貧乏も10年続けるとゴールデン器用(または金の小手先)に変わる」と語っている。尊敬する音楽家として、現代音楽からポップスまで作曲した武満徹の名を挙げている。

引用元:菅野よう子 - Wikipedia



















2023年5月30日火曜日

小林亜星



5月30日は、作曲家・俳優・タレント・ミュージシャンの小林亜星の命日です。2021年5月30日没。88歳。

小林 亜星(こばやし あせい、1932年〈昭和7年〉8月11日 - 2021年〈令和3年〉5月30日)は、日本のミュージシャン、作曲家、俳優、タレント。日本作詞作曲家協会(J-scat)理事、大日本肥満者連盟(大ピ連)初代会長を務めた。

CM曲や歌謡曲、アニメソング、テレビ番組のテーマ曲など、生涯に6,000曲以上を残した。1976年「北の宿から」で日本レコード大賞を受賞し、2015年には日本レコード大賞功労賞を受賞した。

妹はイラストレーターの川村みづえ。次男は元俳優・元学習塾講師の小林朝夫。従甥(母・塩子の兄の孫)に経済学者の有賀敏之がいる。

出世作のレナウンのコマーシャルソング「ワンサカ娘」(歌:弘田三枝子)は、当時レナウンの宣伝部に在籍していた実妹(川村みづえ:イエイエのCMのイラストは川村の作品)の紹介で実現したという。これ以後、その作曲数では三木鶏郎に及ばないものの、CMソングを中心とした作曲活動を展開するようになり、数多くの作品を世に送った。『ふりむかないで』『ワンサカ娘』『日生のおばちゃん』『この木なんの木』など、長いあいだ放映されて多くの日本人の耳になじんでいるCMソングが多い。

向田邦子の代表作であるテレビドラマ『寺内貫太郎一家』が俳優デビューとなり、「すぐ、ちゃぶ台をひっくりかえすような」頑固な親父「寺内貫太郎」役で、大きな印象を残している。

1980年(昭和55年)1月から1984年(昭和59年)10月までテレビのクイズ番組『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日)に、男性軍キャプテンとしてレギュラー出演。

1998年(平成10年)、服部克久作曲の「記念樹」が小林の作曲した「どこまでも行こう」を剽窃(盗用)しているとして小林が訴えて服部と法廷で争う形で裁判になった(記念樹事件)。司法では最終的に小林の主張が認められた。

1999年(平成11年)、フジテレビ系アニメ『∀ガンダム』の第1クール〜第3クール分まで(第2話〜第38話まで)のオープニングテーマ、小林からの推薦により、『寺内貫太郎一家』で親子を演じた西城秀樹が歌うことになった作品が「ターンAターン」である。

2021年5月30日早朝、自宅で倒れていたところを発見され東京都内の病院へ緊急搬送されたが、心不全のため、同日死去。88歳没。 小林とタッグを組んで数多くの作品を出していた作詞家の伊藤アキラが2週間前の5月15日に死去し、追悼のコメントを出してまもない時期でもあった。

引用元:小林亜星 - Wikipedia






寺内貫太郎一家 - Wikipedia





2022年4月13日水曜日

西城秀樹



4月13日は、歌手・俳優の西城秀樹の誕生日です。2018年5月16日没。63歳。

西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年〈昭和30年〉4月13日 - 2018年〈平成30年〉5月16日)は、日本の男性歌手・俳優。新御三家の1人。 本名:木本 龍雄(きもと たつお)。広島県広島市出身。アースコーポレーション所属。

西城は「新御三家」の一人として、今日に繋がる男性アイドルの原型を作り上げ、「歌謡曲の新時代」を築いた人物の一人で、日本のエンターテイメントを切り拓いたパイオニアである。

日本の男性アイドルの「新御三家」として売り出された際、郷ひろみは「可愛い美少年」、野口五郎は「歌が上手い」とされ、西城は大きいだけであまり特長がないと見なされた。そこでスタッフは、彼らと差別化を図り、西城の個性を活かすため、「情熱的でセクシーな、男性的魅力」をコンセプトとして打ち出していこうと決めた。そのコンセプトに沿って、楽曲やダンスの振り付け、衣装が創作されていった。プロデューサーも西城の音楽的バックボーンを理解し、海外のサウンドと日本のメロディをドッキングさせるロック/ポップス寄りの楽曲作りが行われた。意図的に激しいロック調の曲を作り、女性ファンがより興奮しやすくなるようなストレートなフレーズを歌詞に散りばめた。派手でセクシーなアクションと長身かつ、長い脚が映えるビラビラ衣装がそのイメージを決定づけた。初期にはエルヴィス・プレスリーを意識した衣装など、アメリカナイズした雰囲気を衣装に取り入れた。

1973年9月にリリースされた6枚目のシングル「ちぎれた愛」は、曲中「僕の気持ちを信じて、君をはなすもんか、好きだ、好きだよ、好きなんだよー!」とインパクト絶大な台詞が挿入された最初の作品で、喉の奥底からハスキーな歌声をしぼり出すように歌い上げ、初めてオリコン1位を獲得。180cmを超える長身から発する歌声は圧倒的で、その歌唱法は「絶唱型」、のちに「絶叫型」といわれた。長身をくねらせ、長い髪を振り乱して、全身全霊を込めた喉が張り裂ける様な歌唱法は、激しいアクションとともに、それまでのアイドルに見られなかったもので、次作品の「愛の十字架」、1974年の「傷だらけのローラ」、1975年の「至上の愛」へと受け継がれて徐々にエスカレートしていき、女性ファンを熱狂させた。「傷だらけのローラ」では、新人賞も紅白も出場できなかった前年の悔しさが募り、「早く自分のスタイルを確立したい」と焦り、アメリカで流行っていたシャウト唱法を加えたい」と意見した。

西城の歌唱力は今日評価が高く、所属事務所「芸映」後輩でもあった岩崎宏美は西城の特徴的な歌声について「誰にもまねできないでしょうね」と評した。松任谷由実は「西城秀樹っていう人は圧倒的にスターだったと思う」と述べ、スター性の根源には「声の素晴らしさがある」と話し「歌手は声がその運命を100%以上決める」と持論を述べ、「斜のかかった強い少年声というのか..大好きな声です」と話している。ミッツ・マングローブは「ヒデキは私にとって最初の"ヒーロー"でした。自分の本質とは真逆の、快活で社交的な男子性の塊みたいなヒデキに対し、それでも無抵抗に心躍ることができたのは、やはりその歌声と健やかな大衆性が圧倒的だったからに他なりません」と述べている。三原じゅん子は西城を「アイドルを超えた歌唱力の持ち主」、黒柳徹子は「『ザ・ベストテン』の出演者のなかで、ダントツに歌がうまかった」、鴨下信一は「歌唱力は同時代の誰よりもあった」と評している。

引用元:西城秀樹 - Wikipedia









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