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2025年1月2日木曜日

天本英世



1月2日は、俳優の天本英世(あまもと ひでよ)の誕生日です。比較的脇役が多いが、特撮ファンや一般に知られている役柄は何といっても「仮面ライダー」死神博士が一番有名だろう。2003年3月23日に急性肺炎により故郷の福岡県北九州市若松区にて逝去した。77歳没。

天本 英世(あまもと ひでよ、1926年〈大正15年〉1月2日 - 2003年〈平成15年〉3月23日)は、日本の俳優。「あまもと えいせい」の通称もある。福岡県若松市(現:北九州市若松区)出身。本籍は佐賀県鳥栖市。身長180cm、体重65kg。

1948年に東京大学法学部政治学科に入学する。大学では国際政治学を専攻し、当初は外交官を目指していたが、当時の政府の政治姿勢に失望し、文学や演劇に没頭するようになった。また、11歳年上の女性との失恋のショックも相まってその後、東京大学を中退して劇団俳優座に所属する。その後は俳優座スタジオ劇団同人会、劇団四季などに所属。1954年に28歳でオペラ『オテロ』において初舞台を踏む。同年に松竹と契約し、『女の園』と『二十四の瞳』で映画に初出演する。当時は180センチメートルで細身の美男子だったため、しばらくは二枚目俳優として売り出された。『女の園』は、木下恵介監督から哲学者みたいな顔つきを気に入られたことで、哲学の講師役での出演が決まった。『二十四の瞳』では高峰秀子の夫役に抜擢されたが、セリフ覚えが上手くいかず本人の中では大失敗に終わったという。また当初、天本の役は明石潮が演じる予定だった。

1958年に東宝と専属契約を結ぶ。以後、アクション映画や特撮映画などで個性的な脇役として活躍し、また人間離れした悪役や殺し屋などを数多く演じた。特に岡本喜八が監督を手掛けた作品にはその大半に出演し、中でも1967年の映画『殺人狂時代』の精神科医・溝呂木博士役が好評を得た。実年齢より上の老け役も多く、監督の本多猪四郎は天本は若いころから雰囲気が変わらない旨を述懐している。

私生活では20代からファルーカ(スペイン音楽の一種)とフラメンコを端緒としてスペイン語を独学で身につけ、スペインに深く傾倒していく。

1970年代からはテレビドラマに活躍の比重を移し、主に不気味な存在感を放つ悪役として活躍する。1972年に毎日放送『仮面ライダー』で死神博士を演じ、悪役ながら人気を博した。

1991年(平成3年)からフジテレビ『たけし・逸見の平成教育委員会』に「東大出身」の解答者としてレギュラー出演し、一般的な知名度を一気に高めた。

2003年3月23日に急性肺炎により故郷の福岡県北九州市若松区にて逝去、77歳没。カトリック教会の信徒であったため、地元にあるカトリック教会で葬儀が行われた。その後行われた天本の追悼公演には、佐々木剛、辰巳琢郎、黒部進らが参加した。2005年10月25日に遺灰がスペイン・アンダルシア州のグアダルキビール川源流に散骨された。

引用元:天本英世 - Wikipedia






仮面ライダー 第40 - 52話、61話、63話、68話(1972年) 死神博士








変身忍者 嵐 第40 - 47話(1973年) - 大魔王サタン


星雲仮面マシンマン (1984年) - プロフェッサーK





2024年9月18日水曜日

うじきつよし (KODOMO BAND)



9月18日は、ロックミュージシャン・俳優・タレントのうじきつよしの誕生日です。80年代に活躍したロックバンド「KODOMO BAND(旧表記・子供ばんど)」でリードボーカル・ギタリストとして活躍した。その後俳優・タレントとしても活動した。

うじき つよし(本名:氏木 毅(読みは同じ)、1957年9月18日 - )は、日本のバンドマン、俳優、タレント。

TRU オフィス所属。

愛称はJICK。血液型A型。

1980年代に活動したロックバンド『KODOMO BAND』のヴォーカリスト兼ギタリストを務めた。珍妙なバンド名と、頭にアンプを載せて演奏するうじきのスタイルの影響で、色物ととらえられかねないものがあったが、ライブパフォーマンス、演奏力は高い評価を得ていた。1984年にヤマハより「ヤマハ・SG-1000XU」としてシグニチャー・モデルギターが制作され、1985年5月には限定版として市販された。

TVアニメ『北斗の拳』第4部(第83話〜第109話)主題歌「SILENT SURVIVOR」では自身のバンドでプロデュースし、また後発『北斗の拳2』主題歌「TOUGH BOY」のサウンドプロデュース、編曲にも携わった。

バンドは1988年に活動を休止。当初の目標である2000本ライブを終えた直後であり、「もうやり尽くした」という心境だったと言う。

ギタリストとして吉川晃司のツアーに長期に渡って参加。吉川の兄貴分として吉川初期のツアーには欠かせないギタリストとして活躍。2007年12月31日、弟分吉川晃司のカウントダウンライブにギタリストとして参加。なお、このライブには、うじきの他、ホッピー神山、後藤次利、村上ポンタ秀一をはじめとするカリスマ的ミュージシャンが多数参加した。

2011年1月31日、子供ばんどの永久凍土解凍(再結成)を発表。2011年4月19日ヤマハ銀座スタジオにて再結成ライブ。

2013年5月5日子供ばんど25年ぶりのアルバム『Can Drive 55』をリリース。

子供ばんどの活動停止直後、映画監督の五社英雄から呼び出しを受け、簡単なやりとり(「芝居の経験は?→ないです」「大きい声は出る?→そりゃ歌手ですから」)を経て、映画『226』に重要な役として大抜擢され、同役をそつなく好演。以降、数多くのテレビドラマ・映画に出演。

また、市川崑にも複数回起用された。

一方では、テレビタレント活動も開始。フジテレビ系のクイズ番組『カルトQ』の司会で脚光を浴び、『たけし・逸見の平成教育委員会』では、第1期「生徒」としてセミレギュラー出席。文系・理系を問わず、さまざまな問題にまんべんなく解答する博識を見せた。また、「第1期」卒業生の中では理科の正解率No.1を誇った。気さくに難問にチャレンジしたり、渡嘉敷勝男と共に「新入生」(番組初出席者)の解答に対するリアクションで、精神的にもフォローをしていた。

また、ANN系列で東日本放送製作、東北・新潟地域のみで放映されていた『うじきつよしのワンデイ探検隊』→『うじきつよしのワンダーポケット』に出演(2004年3月28日をもって降板)。

2004年から、テレビの報道番組『サンデープロジェクト』に、2代目のメインキャスターに就任、2年半務めた。

引用元:うじきつよし - Wikipedia

























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