2025年1月28日火曜日

石ノ森章太郎 (石森章太郎)



1月28日は、「サイボーグ009」「佐武と市捕物控」「さるとびエッちゃん」「仮面ライダー」「変身忍者 嵐」「人造人間キカイダー」「ロボット刑事」「秘密戦隊ゴレンジャー」「マンガ日本経済入門」「HOTEL」等数々の漫画やアニメ・特撮物の原作を描いてきた、漫画家の石ノ森章太郎(いしのもり しょうたろう)の命日です。1998年(平成10年)1月28日、リンパ腫による心不全のため死去、60歳没。

石ノ森 章太郎(いしのもり しょうたろう、1938年〈昭和13年〉1月25日 - 1998年〈平成10年〉1月28日)は、日本の漫画家。本名は小野寺 章太郎(おのでら しょうたろう)。1984年までは「石森 章太郎」の表記を使用していたが、この時期には「いしもり しょうたろう」と呼ばれるのが通例だった。

SF漫画、ギャグ漫画から学習漫画まで幅広いジャンルの作品を量産し、“漫画の神様”手塚治虫との対比で「漫画の王様」、「漫画の帝王」と評された。

代表作は『サイボーグ009』『佐武と市捕物控』『009ノ1』『さるとびエッちゃん』『人造人間キカイダー』『マンガ日本経済入門』『HOTEL』など。仮面ライダーシリーズやがんばれ!!ロボコンを始め、特撮作品の原作者としても活躍した。

昭和30年代から昭和40年代の高度経済成長のアニメなどテレビ放送網の開始時期に、漫画の世界で新しい手法の開発者として目立った存在の漫画家であった。多様な分野と作風の中でも特にSF漫画で他への影響が手塚と並んで大きく、いわゆる手塚風漫画の中で最もスタイリッシュな作風で、各時点での新鮮な画面コマ表現と少女漫画にも通用する滑らかな線をもち、昭和40年代始めごろには漫画の王様と呼ばれていた。この時期の作風は、SF(S&F)性・詩的叙情・アクションを含むことが多かった。それらの要素は1971年に放送開始された『仮面ライダー』以降、徐々に特撮作品へと移っていき、執筆する漫画の傾向は青年漫画や学習漫画など幅広いものとなっていった。

1989年(平成元年)、漫画には「面白い、おかしい」だけではない多数の表現が可能になったとして、漫画の新しい呼び名「萬画」を提唱し「萬画宣言」を発表した。以降は自らの職業を「漫画家」ではなく「萬画家」と称した。没後の2007年末には、500巻770作品におよぶ個人全集『石ノ森章太郎萬画大全集』(角川書店)が、一人の著者による最も多い漫画の出版の記録としてギネス・ワールド・レコーズに認定されている。テレビ原作者(アニメ・実写)としてのクレジットは放映期間のべ六十数年分に及び、野村胡堂、長谷川町子らを凌駕して国内最高で、2020年現在も更新し続けている。

妻の小野寺利子は石森グループ会長。息子に俳優の小野寺丈(長男)と石森プロ社長の小野寺章(次男)がいる。脚本家の石森史郎は従兄弟。小説家の今野敏ははとこ。

1992年(平成4年)4月、突然高熱を出し入院する。風邪によく似た症状だったが、検査の結果悪性リンパ腫と診断された。その後も闘病生活の傍ら執筆活動を続けたが、1997年秋に病状が悪化し再入院。1998年(平成10年)1月28日、東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院でリンパ腫による心不全のため死去、60歳没。還暦を病院で迎えてから僅か3日後のことであった。

引用元:石ノ森章太郎 - Wikipedia















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