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2025年7月1日火曜日

五代高之



7月1日は、俳優の五代高之(ごだい たかゆき)の誕生日です。「西部警察」などにも出演していたが、1981年に「太陽戦隊サンバルカン」にて二代目バルイーグル/飛羽高之役を演じたのが一般に最も有名。その後も俳優や声優として活動をしている。なお1982年の日活映画「軽井沢夫人」で「太陽戦隊サンバルカン」の嵐山美佐役の根本由美と共演している。

五代 高之(ごだい たかゆき、1956年7月1日 - )は、日本の俳優、声優。本名は大木 富夫。

東京都世田谷区出身。相模工業大学附属高等学校(現・湘南工科大学附属高等学校)卒業。キャストパワー所属。

学生時代に、日本テレビで放送されていた『金曜10時!うわさのチャンネル!!』『テレビ三面記事 ウィークエンダー』などで大道具のアルバイトを経験。そのときの先輩からの紹介で、滝恵一出演の養毛剤のCMに出演したことがきっかけとなり、俳優を志すこととなった。滝が主宰する俳優養成所「タキ塾」を経て、時代劇を学びたいと思い大川橋蔵の付き人となる。

1979年、『西部警察』のオーディションに合格し、石原プロモーションに所属。大門軍団の最若手の兼子刑事役で本格デビュー。芸名の「五代高之」の名付け親は石原裕次郎であり、1969年に石原プロで制作された映画『栄光への5000キロ』で、石原裕次郎が演じた主演の「五代高行」の「行」を「之」に変えた上で与えられている。

1981年、『月光仮面 THE MOON MASK RIDER』で映画デビューし、『仕掛人梅安』に浪人・小杉役で助演。 同年、川崎龍介に代わって演じた『太陽戦隊サンバルカン』でのバルイーグル / 飛羽高之役で初主演を果たした。

その後、映画、テレビドラマ、舞台のほか、NHK-FMのラジオドラマ『プラチナプラチナ』に主演するなど活躍。『教師びんびん物語』では、主演の田原俊彦と紺野美沙子ふんするヒロインを巡って恋のさやあてを展開する実業家役で出演。『暴れん坊将軍』シリーズではパート3からパート5まで5年間に亘って御庭番・才三役を演じた。

2022年にヒロ・プロダクション時代から所属してきたハーキュリーズからキャストパワーに移籍した。

特技は、剣道(三段)、合気道、乗馬。スキュ-バダイビングライセンス、小型船舶2級資格を所持。

妻は『科学戦隊ダイナマン』で王女キメラを演じていた元女優の香野麻里で、2人の子供がいる。また、俳優養成所「五代塾」の塾長も務めている。

引用元:五代高之 - Wikipedia














太陽戦隊サンバルカン - Wikipedia








軽井沢夫人 - Wikipedia



2025年5月18日日曜日

寺尾聰



5月18日は、俳優・ミュージシャンの寺尾聰(てらお あきら)の誕生日です。1965年にグループサウンズ「ザ・サベージ」にベーシスト・ボーカリストでデビュー。1968年には石原裕次郎製作・主演の映画『黒部の太陽』で俳優デビューを果たす。『大都会』や『西部警察』などへの出演でも有名。1981年にはシングル「ルビーの指環」が160万枚売り上げる大ヒットを記録した。

寺尾 聰(てらお あきら、1947年〈昭和22年〉5月18日 - )は、日本の俳優、ミュージシャン、ナレーター。

神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。ホリプロダクション、石原プロモーションを経て、寺尾事務所(自らの個人事務所)所属。

目黒区立第十中学校、和光学園、法政大学第二高等学校、文化学院卒業。父は俳優の宇野重吉。既婚。3児の父。

劇団民藝の創設者である宇野の長男として生まれたが、この境遇に反発し音楽に傾倒。1965年に奥島吉雄、林廉吉らが結成したカレッジ・フォーク・グループ「ザ・サベージ」に加入し、ベースを担当した。1966年に「いつまでもいつまでも」でレコードデビュー、この曲と2枚目の「この手のひらに愛を」が大ヒットするが、すぐにグループを脱退した。1968年、三保敬太郎を中心としてザ・ホワイト・キックスというグループ・サウンズに参加、シングルを1枚出して解散。

同年には、石原裕次郎製作・主演の映画『黒部の太陽』で俳優デビューを果たす。これを機に裕次郎の門下となり、石原軍団の若手有望株として、主にテレビドラマに出演、青春ものドラマなどで二枚目半的な役柄を演じることが多かった。また、『大都会』では新聞記者、『大都会 PARTIII』(日本テレビ)『西部警察』(テレビ朝日)など、石原プロモーション制作のアクションドラマでは刑事役で活躍した。このころはサングラスをかけ、ニヒルな表情がトレードマークだった。

ソロとしての歌手活動では、ヨコハマタイヤのCM曲だった「SHADOW CITY」のほか「ルビーの指環」「出航 SASURAI」が大ヒットし、「ルビーの指環」は第23回日本レコード大賞(TBSテレビ・ラジオ)をはじめとする多くの賞を受賞した。これを含め、同時期に発表したソロアルバム『Reflections』は、当時のアルバムセールスを更新する(164万枚。井上陽水の『氷の世界』の売り上げ記録を8年ぶりに更新し、以後1990年に松任谷由実『天国のドア』に破られるまでトップであった)空前の大ヒットとなり、本格的に音楽活動を再開することとなった。

1980年代後半から黒澤明が監督した『乱』『夢』『まあだだよ』に続けて出演。2001年、黒澤の遺稿を映画化した『雨あがる』に主演し、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した。2005年にも『半落ち』での演技で同賞の2度目の受賞を果たした。日本レコード大賞ならびに日本アカデミー賞最優秀主演男優賞の両方の獲得経験者は寺尾のみである(2022年現在)。

退所後も音楽活動を続け、1987年頃よりレコードのリリースが停止したが、2005年7月7日、CLUB CITTA(神奈川県川崎市)でのライヴを期に、18年ぶりとなる歌手活動を再開した。現在でも、ステージでジャズベースをプレイしており、「ザ・サベージ」時代と変わらぬ腕前を披露している。

引用元:寺尾聰 - Wikipedia














ルビーの指環 - Wikipedia




寺尾聰と范文雀




ザ・サベージ - Wikipedia



2023年7月17日月曜日

石原裕次郎



7月17日は、俳優・歌手の石原裕次郎の命日です。1987年7月17日没。52歳。

石原 裕次郎(いしはら ゆうじろう、1934年(昭和9年)12月28日 - 1987年(昭和62年)7月17日)は、日本の俳優、歌手。兄は、芥川賞を受賞した小説家で政治家の石原慎太郎。

石原プロモーション創立者で、初代代表取締役社長兼会長。ヨットマンとしても活動していた。昭和を代表する俳優・タレントとされている。2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・男優編」で日本男優の2位、同号の「読者が選んだ20世紀の映画スター男優」では第6位になった。2014年に発表された『キネマ旬報』の『オールタイム・ベスト 日本映画男優・女優』では日本男優の14位となっている。

引用元:石原裕次郎 - Wikipedia















2023年4月27日木曜日

柴俊夫



4月27日は、俳優・歌手・タレントの柴俊夫の誕生日です。

柴 俊夫(しば としお、1947年〈昭和22年〉4月27日 - )は、日本の俳優・歌手・司会者・タレント。本名および旧芸名、柴本 俊夫(しばもと としお)。

東京都台東区鳥越出身。東京都立白鷗高等学校卒業、獨協大学中退。ケイダッシュ所属。

1970年、テレビドラマ『ゴールドアイ』で本名の「柴本 俊夫」名義で俳優デビュー。1971年、『ゴジラ対ヘドラ』で映画初出演し、円谷プロ制作の特撮ドラマ『ミラーマン』のパイロットフィルムで主人公を演じる。同年、テレビドラマ『シルバー仮面』で主演。TBSプロデューサーの橋本洋二に勧められて「柴 俊夫」に改名した。後年、『新・坊っちゃん』(1975年)で主演を務めているが、これは『シルバー』で知り合った脚本家の市川森一に招かれてのものだった。

『さわやかな男』(1977年)、『いのち燃ゆ』(1981年)などのテレビドラマで主演を務め、鋭い眼光とは裏腹に実直な好青年という役どころで注目を集める。1983年には『西部警察 PART-III』に「大将」こと山県新之助役でレギュラー出演。石原裕次郎と渡哲也の二大スターと共演したことは忘れがたい思い出だという。1985年、必殺シリーズ『必殺仕事人V・激闘編』では「はぐれ仕事人」壱役を演じ、映画『必殺! III 裏か表か』でも同役で出演した。

1988年に音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』、2003年には情報番組『レディス4』などで司会を担い、バラエティ番組などでも親しまれている。

1979年12月21日、『さわやかな男』で共演した真野響子と結婚。長女は女優の柴本幸で、『徹子の部屋』に出演した際には「娘が大河ドラマに出演して、感激して眠れなかった」と語っている。義妹は女優の眞野あずさ。

引用元:柴俊夫 - Wikipedia








シルバー仮面 - Wikipedia



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