2023年6月28日水曜日

沖雅也



6月28日は、俳優の沖雅也の命日です。1983年6月28日没。31歳。

沖 雅也(おき まさや、1952年(昭和27年)6月12日 - 1983年(昭和58年)6月28日)は、日本の俳優。本名:日景 城児(ひかげ じょうじ)、出生名:楠 城児(くすのき じょうじ)。

大分県別府市、大分市出身。大分市立王子中学校、通信制の高校卒業。日活出身。JKプランニングに所属していた。

身長183cm。

1968年、バーテンをしていた16歳のとき、オスカープロモーション設立前の古賀誠一にスカウトされ、古賀が沖を日活関係者に紹介して『ある少女の告白 純潔』で銀幕デビューし、丘みつ子とのコンビで売り出される。

1969年にはエランドール新人賞を受賞、その後は数々の日活作品に助演する。芸名の「沖雅也」の「雅」は当時の日活社長の堀雅彦の一字から名付けられるなど、相当な期待を受けていたが大きな役には恵まれずにいた。

テレビドラマ『さぼてんとマシュマロ』の主演で人気を博し、他に『金メダルへのターン!』(フジテレビ)、『キイハンター』(TBS)にセミレギュラー出演するなど、気鋭の若手として注目を浴びた。初期はアイドル的な人気であったが、徐々に大人の役者への脱皮を試みる時期となった。1972年の映画『高校生無頼控』では主役に抜擢された。また松竹製作の映画数本にW主役や準主役で出演した。

1973年に必殺シリーズ(朝日放送)第2作『必殺仕置人』の棺桶の錠役に抜擢される。山﨑努、藤田まことらとの共演で注目され、2年後(1975年)のシリーズ第6作『必殺仕置屋稼業』にもレギュラー出演。沖は役に入れ込み、棺桶の錠とはガラリと印象の変わった冷徹な殺し屋・市松を演じた。

1976年9月、『太陽にほえろ!』(日本テレビ)のレギュラーとして城北署から七曲署に転勤した滝隆一(スコッチ刑事)役として出演し、爆発的な人気を得ることとなる。

1980年3月、『太陽にほえろ!』と同じ曜日と時間に放送されていたTBSの『3年B組金八先生』に押され、視聴率が低下してきた時に、視聴者たちから番組宛に「何とか沖を復帰させて欲しい。」との声が多数届き『太陽にほえろ!』に復帰を果たす。

1983年(昭和58年)6月26日、大阪での舞台公演『一心太助』が控える中、仕事を終えチェックインした東京都新宿区西新宿の京王プラザホテルにて、「おやじ 涅槃で 待つ」という遺書を残し、チェックインから2日後の6月28日の早朝、本館最上階(47階バルコニー・高さ170メートル)より警備員の制止を振り切って飛び降り、ビル7階の屋上プールに落ちて全身を強く打ち即死。満31歳没だった。

遺書にある「おやじ」とは、1975年に養子縁組した義父であり所属事務所の社長でもあった日景忠男のことである。沖は自宅に彼宛の二通の遺書を残していた。また日景自身も親しくしていた坂口良子や、沖と家族ぐるみの交流があった吉沢京子を沖の婚約者にしたいと言っていたことがあったという。

引用元:沖雅也 - Wikipedia













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