2021年7月2日金曜日

南沙織



7月2日は、70年代に一世を風靡した元アイドル歌手、「シンシア」こと南沙織の誕生日です。

南 沙織(みなみ さおり、1954年7月2日 - )は、日本の元歌手、元アイドル。本名:篠山 明美(旧姓:内間)。沖縄県嘉手納町生まれ、宜野湾市育ち。夫は写真家・篠山紀信。3児の母。次男は篠山輝信。

歌手デビュー以前、地元沖縄で琉球放送の視聴者参加型のど自慢テレビ番組『オキコワンワンチャンネル』『100万人の大合戦』などでアシスタントのアルバイトをしていた。一方、その頃東京では、CBS・ソニーがデビューさせる新たな人材を探していた。ある時、琉球放送のテレビ番組にヒデとロザンナがゲスト出演した際、そのマネージャーが持ち帰った写真に偶々南が載っており、更にそれが偶然ソニー関係者の目に留まったことから、急遽、東京に呼び寄せられることとなった。

1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で上京。CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された。

レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、作詞家の有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている。そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは酒井政利による)、6月1日に「ソニーのシンシア」のキャッチフレーズを持って歌手デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。

楽曲作りに着手した時点ではまだ芸名は決まっておらず、CBS・ソニーの社内公募では「南陽子」が1位だったが、有馬三恵子の「彼女のイメージは陽子じゃなく、沙織じゃないかしら」の一言で「南沙織」に決まった。

デビュー時の南のインパクトについて、写真家の篠山紀信は「彼女の登場は、返還を目前とした沖縄のイメージ・アップのための国策歌手かと思ったくらい良かった」と述懐しており、音楽プロデューサーの酒井政利は「そのタイミングは、南沙織が持つ気運のひとつであったのではないか」と著書で書き記している。また、「世代的共感を歌うアーティストの始まり」「日本におけるアイドルの第1号」「元祖アイドル」と評価されることもある。

引用元:南沙織 - Wikipedia





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