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2026年8月1日土曜日

市田ひろみ



8月1日は、日本の美容師・服飾評論家・エッセイスト・女優・タレントであった、市田ひろみ(いちだ ひろみ)の命日です。主に服飾関連での活動が有名だが、元は映画女優としてデビューしている。1993年にサントリーの緑茶飲料「京番茶」のCMに出演し、そのコミカルなキャラクターが注目された。2022年8月1日、急性呼吸不全のため死去した。90歳没。

市田 ひろみ(いちだ ひろみ、1932年〈昭和7年〉7月10日 - 2022年〈令和4年〉8月1日)は、日本の美容師、服飾評論家、エッセイスト、女優、タレント。新しい歴史教科書をつくる会の理事と、日本会議の4つの関連団体の役員を務めた。

大学卒業後は技術部長の秘書としてヤンマーディーゼルに就職、秘書業務のほか、自社の耕運機の宣伝カタログでモデルをつとめるなどした。その後、稽古事として習っていた茶道(裏千家)・華道(未生流)の師匠長岡宗美に推薦され、映画会社の大映に所属。

退職を考え出した頃、吉村公三郎の監督映画『夜の蝶』で現代劇(東京・多摩川撮影所)に転籍となり、翌1958年(昭和33年)の『手錠』(阿部毅監督)で実質的なデビューを果たした。新聞の映画評で「和製ソフィア・ローレン」、「久々のヴァンプ女優」などと取り上げられ、これ以降映画ではおもに悪女役を演じた。3年目に演技力の限界を感じ、2年の契約を残して京都へ帰ったが、五社協定に縛られていたため、1963年(昭和38年)まで京都と東京の間を往復しながら契約本数を消化した。

女優生活を終え、母の仕事を手伝っていた昭和38、9年ごろ、室町の呉服問屋から声を掛けられ、デパートの呉服売り場で着付けを実演する「きもの教室」の講師を手探りで始めた。女性の新しい仕事として新聞・雑誌がこれを紹介するなか、全国の百貨店を周って実演するうちに、名前が売れ、人が集まるようになった。1967年(昭和42年)全国ネットの生番組『ハイ!土曜日です』(関西テレビ)で「市田ひろみ きものコーナー」を担当。その後はNHK教育の番組「婦人百科」(のち「おしゃれ工房」)にも出演し、以後30年にわたり着物の回を担当した。メディア出演の一方で講演などの依頼が増え、専門的な知識の必要を感じたため、文様・染織・生地のほか服飾史や通過儀礼などの勉強を独学で始め、その後の自身の得意分野とした。

1968年、京都西陣の織屋から民族衣装など外来の文様を取り入れた着物や帯をデザインしてほしいとの依頼を受け、衣装を収集するためヨーロッパ11か国を旅行したことをきっかけに、世界の民族衣装を収集するようになった。

1993年にサントリーの緑茶飲料「京番茶」のCMに出演。CMで演じた「京女」役のコミカルなキャラクターが注目された。

2001年11月には、平成13年度「現代の名工」に選ばれた。

2022年8月1日午後5時50分、急性呼吸不全のため、京都市上京区の病院で死去した。90歳没。生涯独身だった。市田ひろみ美容室は、ひろみ没後も姪が社長となり引き続き営業している。

引用元:市田ひろみ - Wikipedia























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