2024年5月1日水曜日

阿木燿子



5月1日は、作詞家・女優・エッセイスト・小説家の阿木燿子(あき ようこ)の誕生日です。作詞家として宇崎竜童と組んで多数のヒット曲を生み出した。女優としても活動した。

阿木 燿子(あき ようこ、1945年5月1日 - )は、日本の作詞家・女優・小説家・エッセイスト。本名は木村 広子(旧姓は福田)。明治大学文学部卒業。夫はミュージシャン・俳優の宇崎竜童。

長野県長野市で出生、神奈川県横浜市出身。捜真女学校中学部・高等学部を卒業後の1964年、明治大学文学部史学地理学科に入学し、軽音楽クラブに入部。そこで、後に夫となる同学年の宇崎竜童(法学部)と出会う。宇崎は入部に訪れた阿木を一目見て、「あ、嫁が来た!」と思ったという。テレビ出演では「妻・阿木燿子を語る」と題されたコーナーでの本人トークで「先輩から校門での部員勧誘を命じられ、はじめに声をかけた女の子がうちの嫁なんですよ。声かけた瞬間に、この人、昔あったことあるかな?もしかしたらこの人俺の嫁になる人じゃないかな(と思った)」その時はそれをいうのはがまんしたが幸い入部してくれたから今があると語った。

作詞家としてのキャリアスタートは、1969年、グループ・サウンズのジュリーとバロンのデビュー曲「ブルー・ロンサム・ドリーム」(作曲は宇崎竜童)。1971年12月に宇崎と結婚。宇崎竜童が率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンドに書いた「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は、1975年の大ヒット曲になった。

その後、多くは宇崎が作曲し阿木が作詞するというコンビで、多数のヒット曲を世に出す。特に山口百恵の全盛期から引退までのヒット曲の多くは、このコンビによるものである。

また、女優としてドラマや映画にも出演。出演作は多くはないが、大胆な濡れ場も演じて熟れた肉体を披露、独特のスローなテンポと相まって大人の女性を演じて見せた。また作家としても多数の著書があるなど、多才ぶりを発揮。

フラメンコにも挑戦し、「FLAMENCO曽根崎心中」(2001年度文化庁芸術祭舞踊部門・優秀賞)の公演プロデュースなどの活動がある。

2006年には、映画『TANNKA 短歌』で、初脚本・初監督を務める。

2016年には夫の宇崎とともに「いい夫婦の日 パートナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

2019年には夫の宇崎とともに「第10回岩谷時子賞 特別賞」を受賞

引用元:阿木燿子 - Wikipedia












夫・宇崎竜童とともに



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