6月11日は、俳優・モデルの池田駿介(いけだ しゅんすけ)の命日です。特撮ドラマ「帰ってきたウルトラマン」の南猛隊員や「キカイダー01」の主人公・イチロー役などでお馴染みの役者。2010年6月11日没。69歳。
池田 駿介(いけだ しゅんすけ、本名:池田 紀生(いけだ のりお)、1940年11月11日 - 2010年6月11日)は、日本の俳優、モデル。神奈川県川崎市出身(出生は京都府)。法政大学第二高等学校、法政大学卒業。SOS(ソサエティ・オブ・スタイル)モデルエージェンシーに所属していた。
母親の知人だった東映のプロデューサー・高橋昌一の推薦で、1962年に東映ニューフェイス第10期生となる。同期には小林稔侍、吉田豊明らがいた。
ニューフェイスに合格後は俳優座預かりという形になり、しばらくは時代劇の舞台に出演していた。1963年、東映映画『白い熱球』でデビュー。その後はテレビドラマ中心に活動し、『戦友』(NET)ではレギュラーを一年間務め、翌年『風来物語』で主役の書生を演じる。初主演となった『風来物語』であったが、当時のNETはネット局が東京と長崎ぐらいしかなかったため、池田自身が有名になるまでには至らなかった。東映を離れたのち、天知茂のプロダクション設立に参加し、たつみプロダクションに所属。1969年からは国際放映制作『鬼平犯科帳』に2年間レギュラー出演した。
1971年、円谷プロでウルトラシリーズが再開されることを聞きつけ、マネージャーを通して円谷一に相談し、『帰ってきたウルトラマン(以下、帰マン)』(TBS)でレギュラー・南猛隊員を演じることとなる。翌年には再び円谷プロの『緊急指令10-4・10-10』(NET)に花形一平役でレギュラー出演した。1973年には、古巣の東映で『人造人間キカイダー』の続編が制作されることを知り、プロデューサー・吉川進に自ら売り込みをかけ、『キカイダー01』の主人公・イチロー役に抜擢される。『01』終了後は『キカイダー』とともにハワイ州のKIKU-TVに輸出され、日本国内を凌駕する一大ムーブメントに発展。キカイダー=ジロー役の伴大介とともに現地のイベントに招かれ、超満員のファンに迎えられた。
俳優業のかたわら、東京・三軒茶屋で「ゼロワン・チェーン」という大判焼きの店を経営していたことがあり、「巡礼」に訪れるファンも多かった。1990年代には洋服メーカー・ゼビーのレギュラーキャラクターを務め、CMにも出演。晩年は主にCMや舞台のほか、『帰マン』や『キカイダー』関連のイベントなどで活躍していた。
2010年6月11日午前3時10分、胃癌のため千葉県の病院で死去。69歳没。引用元:池田駿介 - Wikipedia
帰ってきたウルトラマン - Wikipedia 南猛隊員
緊急指令10-4・10-10 - Wikipedia 花形一平
キカイダー01 - Wikipedia イチロー/キカイダー01