2023年12月23日土曜日

庄野真代



12月23日は、歌手・シンガーソングライターの庄野真代(しょうの まよ)の誕生日です。

庄野 真代(しょうの まよ、1954年12月23日 - )は、日本の女性シンガーソングライターである。本名:庄野 眞代(読み同じ)。血液型B型。大阪府大阪市西淀川区出身。ルフラン所属。

サーカスの叶正子、同期デビューの渡辺真知子とは友人関係にあり、共演することも多い。

2000年代以降は、音楽を通じた社会貢献・国際貢献を志してボランティア活動やNPO法人の設立なども行っている。また参議院選挙への立候補歴もある。2014年より法政大学人間環境学部兼任講師。子ども食堂しもきたキッチン主宰。

1976年にコロムビアからデビューアルバム『あとりえ』を発売してレコード・デビュー、都会派ニューミュージックの歌手として注目される。

2年後の1978年には代表曲「飛んでイスタンブール」が大ヒットとなり、同年12月31日には『第20回日本レコード大賞』中山晋平賞(のち作曲賞)受賞と同時に、『第29回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。

その他のヒット曲には、1978年の「モンテカルロで乾杯」「マスカレード」、1980年の「Hey Lady 優しくなれるかい」などがある。

私生活では1977年に作曲家の小泉まさみと結婚し、2女をもうけたが、小泉とは後に離婚している。

1980年に「休業宣言」をして音楽活動を休止、同年に世界一周の旅に出て28か国132都市を渡り歩いた。その際にはイスタンブールも訪問しているが、歌詞のイメージと実際の風景があまりに異なるので驚いたという。帰国後は歌手活動を再開したほか、執筆・講演活動も開始。ミュージカルやテレビドラマにも出演する。

1991年にはシンガポール・マレーシア・香港でCDデビューし、アジアでの活動を開始した。

引用元:庄野真代 - Wikipedia















2023年12月22日金曜日

MIZYU (みぢゅ・新しい学校のリーダーズ)



12月22日は、4人組ダンスボーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」のメンバーで最年長のリーダー、MIZYU(みぢゅ)の誕生日です。

新しい学校のリーダーズ(あたらしいがっこうのリーダーズ)は、日本の4人組ダンスボーカルユニット。所属事務所はアソビシステム、TWIN PLANET、テレビ朝日ミュージックの合同マネージメント。所属レーベルは88rising。海外では「ATARASHII GAKKO!」名義で活動。

グループのコンセプトは「模範的なヤツばかりが評価されるこの時代、くだらない不寛容社会から、個性と自由ではみ出していく」。実際の結成の経緯は意図的に公表していないが、インタビューなどであまりに聞かれるためオールナイトニッポンのパーソナリティをした際にリスナーから公募し、「スーパーのお惣菜売り場で、4人同時に半額のおかずに手を伸ばして知り合った」という結成理由を公式に採用した。

コンセプトの通り、一見すると色物的な振る舞いを多く見せるが、実際はキッズダンサーやダンススクールを出自とするメンバーが揃った実力派ユニットであり、昭和テイスト漂う歌唱とキレのあるダンスパフォーマンスは高い評価を得ている。メンバーのSUZUKAのカラオケにおける十八番が中森明菜の「DESIRE -情熱-」であるというエピソードからも、昭和歌謡をリスペクトしている事が分かる。

セーラー服に腕章を衣装とし、屋外でも上履きを履いている。

「踊る、セーラー服と奇行癖。」と評され、2021年頃から「青春日本代表」を自称している。

ダンスの振付けは全て自分たちで行っている。



MIZYU

誕生日 1998年12月22日(24歳)
出身 東京都
身長 151 cm
好きな食べ物 もやし

最年長のリーダー。
デビュー以来一貫した髪型である自身のツインテールにこだわりを持っている。

引用元:新しい学校のリーダーズ - Wikipedia










新しい学校のリーダーズMIZYUの本名や読み方は?キッズ子役時代の経歴プロフィール | Genkatsu – Trend


新しい学校のリーダーズ OFFICIAL WEBSITE



2023年12月21日木曜日

神田正輝



12月21日は、俳優・タレントの神田正輝(かんだ まさき)の誕生日です。

神田 正輝(かんだ まさき、1950年〈昭和25年〉12月21日 ‐ )は、日本の俳優、タレント。本名は同じ。

東京都港区出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。石原プロモーション元取締役であり、1976年のデビューから2021年の石原プロ解散まで石原プロに所属。現在は芸能事務所には所属せず、フリーとして活動している。

血液型はA型。身長178cm、体重70kg。女優・旭輝子の長男。娘は神田沙也加。元妻は歌手・シンガーソングライター・女優の松田聖子。

1973年(23歳)、レストランで俳優・石原裕次郎に声をかけられ意気投合し、その一週間後、石原からの誘いで日活を見学。さらにその一週間後、石原から「ひやかしでドラマ1本にでてみないか?」と言われ、端役でドラマに出演し、石原プロモーションに入社した。

1976年(26歳)、 日本テレビ系列「大都会 闘いの日々」にて新聞記者・九条浩次役で正式に俳優デビュー。当時は現地の長野の方言で苦労したという。翌年の第2シリーズ「大都会 PARTII」にも刑事役で第14話よりレギュラー出演し、松田優作らと共に激しいアクションシーンも披露する。

その後、石原に頼まれ神田を引き受けた岡田晋吉がプロデュースした「青春ド真中」、「ゆうひが丘の総理大臣」、「俺たちは天使だ!」で、「気弱な美男子」を演じてハマリ役となった。

1980年(30歳)、日本テレビ系列「太陽にほえろ!」415話より、第1話から小野寺昭が演じた島公之(通称・殿下)刑事の後任で、医学部中退の西條昭(通称・ドック)刑事役で出演し、以後、1986年の最終話まで出演する代表作となる。

1985年(35歳)、 映画『カリブ・愛のシンフォニー』で共演した歌手・松田聖子と結婚。当時既に人気俳優だった神田とトップアイドルだった聖子の華やかな結婚は、「世紀の結婚」をもじった「聖輝の結婚」と呼ばれた。翌年、聖子との間に娘・沙也加をもうける。

1997年1月(47歳)、結婚生活12年で聖子と離婚。

1997年4月(47歳)、大阪・朝日放送の生放送番組『朝だ!生です旅サラダ』の2代目総合司会となる。

長年総合司会を担当している『朝だ!生です旅サラダ』のギャラが1本80万円とされており、月に320万円の収入で十分にやっていけるとの理由と、また加齢により台詞を覚えられないとの本人の事情もあり、石原プロ解散後は俳優業はほぼセミリタイアの状態にある。

引用元:神田正輝 - Wikipedia















2023年12月20日水曜日

桜井幸子



12月20日は、元女優・アイドル歌手だった桜井幸子(さくらい さちこ)の誕生日です。2009年限りで芸能界を引退している。

桜井 幸子(さくらい さちこ、1973年(昭和48年)12月20日 - )は、日本の元女優・アイドル・歌手・司会者。千葉県山武郡大網白里町(現・大網白里市)出身。2009年(平成21年)12月31日に芸能界を引退した。

1988年、サンスターアクアフレッシュのCMオーディションでグランプリを受賞したのをきっかけに芸能界入り。審査員長は作詞家の森浩美で合格者はビクターからデビュー予定であった。同CMで芸能界デビューを果たし、1989年、テレビドラマ『スワンの涙』で女優デビュー。同期に当時ビッグアップルに所属していた高橋由美子がいる。

1990年には、CBS・ソニーよりアイドル歌手活動も行っていたが、その後は女優に専念。映画『おあずけ』で主演した他、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』ではバラエティー番組のコントに挑戦した。

1992年、NHK連続テレビ小説『おんなは度胸』でヒロインを務める。翌1993年には、テレビドラマ『高校教師』で、真田広之演じる主人公と恋に落ちる女子高生・二宮繭役を演じ、一躍人気女優となる。野島伸司が脚本を執筆したテレビドラマの常連となり、1994年の『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』、1995年の『未成年』と野島三部作すべてに出演した。以後も1997年の連続ドラマ『友達の恋人』、2009年の連続ドラマ『コンカツ・リカツ』などに主演している。

2003年2月20日に、音楽プロデューサーの田中聡と結婚するが、2006年4月27日に離婚。

2009年12月28日、所属事務所の公式サイト上において、2009年限りでの芸能界引退を突如(報道記事より)表明。

引用元:桜井幸子 - Wikipedia
















高校教師 (1993年のテレビドラマ) - Wikipedia



2023年12月19日火曜日

海津亮介



12月19日は、元俳優の海津亮介(かいづ りょうすけ)の誕生日です。1987年の「光戦隊マスクマン」でタケル/レッドマスク役を演じる。1999年ごろ俳優は引退し、現在はラーメン屋の店主を務めている。

海津 亮介(かいづ りょうすけ、1961年12月19日 - )は、日本の元俳優。本名は稲葉 和則(いなば かずのり)。

東京都出身。大東文化大学中退。鷲尾企画、東京俳優生活協同組合に所属していた。既婚。

『わが子よV』(1985年、TBS)で俳優としてデビュー。『光戦隊マスクマン』(1987年、テレビ朝日)のタケル / レッドマスク役や『渡る世間は鬼ばかり 第2シリーズ』(1993年、TBS)の佐久裕二役をはじめ、恋愛に絡む役を多く演じた。また、『マスクマン』に主演した縁から、その後も東映作品を中心に多くの特撮作品にゲスト出演したが、当時の所属事務所がテレビ出演のギャラを大幅に上げたことが原因で仕事の依頼がなくなり、1999年ごろに芸能界を引退。

引退後は、味噌ラーメン専門店・味噌一上石神井店で店主を務めている。自分のファンだった25歳年下のフィリピン人女性と結婚しており、2人の子供がいる。

2015年3月21日・22日、マニラにて開催されたJEFusionの主催によるイベント「HENSHINCON(変身コン)」に、『地球戦隊ファイブマン』(1990年、テレビ朝日)の信達谷圭と共にスペシャルゲストとして参加した。これをきっかけとして、2016年に信達谷とニヤニヤブラザーズを結成した後、スーパー戦隊シリーズOGである牧野美千子・たなかえり・宮澤寿梨を加えたニヤニヤブラザーズ&シスターズとしてライブ活動を行っている。

2022年にはテレビアニメ『怪人開発部の黒井津さん』第3話のナレーションを担当した。これは同作品のレジェンド&ローカルヒーロープロデューサーを担当した鈴村展弘による依頼を快諾したものであるが、アフレコ当日には許可を得たうえでアニメ好きの我が子を現場に連れていき、自分の仕事を見学させてもらったという。

引用元:海津亮介 - Wikipedia




元俳優・海津亮介さん 特撮ヒーローからラーメン屋に転身|日刊ゲンダイDIGITAL






光戦隊マスクマン - Wikipedia



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