9月30日は「ハナ肇とクレージーキャッツ」の元メンバー(ピアニスト)で、料理研究家であった石橋エータロー(いしばし エータロー)の誕生日です。1956年3月にピアニストとして「ハナ肇とクレージーキャッツ」に参加。1961年8月に復帰後は桜井センリと共にピアノを演奏する。1970年12月31日に脱退後は料理研究家として活動する。1994年6月22日、胃癌が原因の心不全のため死去。66歳没。
石橋 エータロー(いしばし エータロー、1927年(昭和2年)9月30日 - 1994年(平成6年)6月22日)は、元・ハナ肇とクレージーキャッツメンバー(ピアニスト)で料理研究家。
本名は石橋 英市(通称・瑛市)。石橋 暎太郎と表記していた時期もある。愛称はエーちゃん。
「植木等とニュー・サウンズ・トリオ」での活動を経て、1956年3月、ピアニストとして「ハナ肇とクレージーキャッツ」に参加する。
1960年6月、結核で肋骨を6本整形する手術を受けたために一度芸能活動を中断するも1961年8月には復帰、以降は彼の代役としてメンバーに加わっていた桜井センリと共にピアノを演奏することとなる。
1970年12月31日、心臓病が原因でクレージーキャッツを脱退。「クレージーをやめて、また芸能界の仕事をすれば、なにか不満があったのだろうと言われますから。それだけはいやだった」と理由で芸能界を引退した。
同年から料理研究家として活動するとともに、1967年より東京都渋谷区桜丘町で酒と肴の店「三漁洞」を経営(元々は父・蘭童が経営していた店を引き継いだ)。
1994年、胃癌が原因の心不全のため昭和大学病院で死去、66歳没。墓所は世田谷区九品仏浄真寺。
酒豪で知られ、賭けに乗って一升瓶を飲み干したこともあるという。




