2022年1月30日日曜日

清原果耶



1月30日は、女優・ファッションモデルの清原果耶の誕生日です。

清原 果耶(きよはら かや、2002年〈平成14年〉1月30日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、歌手。本名同じ。
大阪府大阪市出身。アミューズ所属。「アミューズオーディションフェス2014」グランプリ。ファッション雑誌『Seventeen』元専属モデル。所属レーベルはColourful Records。
「第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞」で初の10代及び史上最年少19歳での助演女優賞の受賞者といった記録を残した。

家族そろってPerfumeのファンで、Perfumeに憧れて幼少期より歌とダンスのスクールに通う。小学1年生からクラシックバレエを習い、小学5年生から中学1年生までは兵庫県西宮市に本拠地を置く劇団「Youth Theatre Japan (YTJ)」 に通ってダンス・歌・ミュージカル・バレエを習っていた。

2014年、12歳(中学1年生)のとき、母がPerfumeの所属するアミューズのホームページで見つけた同社の新人発掘イベント「アミューズオーディションフェス2014」に好奇心で応募し、同年10月に開催された最終審査会で3万2214人の中からグランプリおよびポイント賞を受賞し、同事務所に所属する。

2015年より本格的に芸能活動を開始し、1月から三井不動産グループ、アステラス製薬の2社のCMに起用され「あの美少女は誰?」と注目を集める。

2015年3月発売のファッション雑誌『nicola』4月号より同誌専属モデル(ニコモ)に加わる。2018年1月号で初の単独表紙を飾った後、同年3月28日開催のイベント「nicola 東京開放日2018」をもって3年間務めた同誌専属モデルを卒業した。

2018年8月1日発売の『Seventeen』9月号より同誌専属モデルを務める。2019年4月1日発売の同年5月号で初の単独表紙を飾り、同月号より「かやのなんやかんや」を連載する。

2015年9月から同年度後期のNHK連続テレビ小説『あさが来た』にレギュラー出演し、女優としてデビュー、女中・ふゆ役を演じて注目を集める。

2016年3月から放送の『放送90年 大河ファンタジー 精霊の守り人』で、綾瀬はるか演じるヒロイン・バルサの少女期を演じる。

2019年7月には、『あさが来た』『透明なゆりかご』での演技で見せた「芯の強さ」が評価され、同年度前期のNHK連続テレビ小説『なつぞら』で2度目の朝ドラ出演を果たす。

2021年には、抜群の演技力と将来性に「凛とした佇まい」と「思いの強さを感じさせる真っすぐな眼差し」が評価を受け、オーディションなしにキャスティングにより選出され、同年度前期放送のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』で主演及びヒロインを務めた。

2022年1月スタートの『ファイトソング』(TBS)で民放ドラマに初主演。

引用元:清原果耶 - Wikipedia





2022年1月29日土曜日

きゃりーぱみゅぱみゅ



1月29日は、歌手・ファッションモデルのきゃりーぱみゅぱみゅの誕生日です。

きゃりーぱみゅぱみゅ(1993年1月29日 - )は、日本のタレント、女性歌手、ファッションモデル。正式名はきゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ。所属芸能事務所はアソビシステム。音楽出版活動に関しては芸映と業務提携をしている。血液型はB型。身長は158cm。略称はKPP、旧称及び愛称はきゃりー。公式ファンクラブは「KPP CLUB」。

2009年に原宿で撮影したストリートスナップで『KERA』に初登場し、読者モデルとしての活動を開始する。

2010年に歌手活動を開始し、2011年7月16日にYouTube上で公開したメジャーデビューシングル収録曲「PONPONPON」のMVが世界的な注目を集めた。以降「つけまつける」「ファッションモンスター」「にんじゃりばんばん」など多数のヒット作を発表。

原宿の青文字系ファッションの魅力を分かりやすく凝縮した独自のファッションセンスと、音楽・MVなどのパフォーマンスで世界中にファンを獲得し、支持を集めている。

芸名“きゃりーぱみゅぱみゅ”は、もともと高校時代、よく被っていた金髪のウィッグを見た友人から冗談で外国人風に“きゃりー”と呼ばれていたのが起源で、その後ブログの開始に伴い、“きゃりー”では短くて物足らず、八木真澄(サバンナ)の同名の一発ギャグにあたる“ぱみゅ”をかわいいと思い拝借“ぱみゅぱみゅ”を、“きゃりー”のニックネームに続けた。この“ぱみゅぱみゅ”の発音は日本語話者にとって発音しづらく、アナウンサー泣かせと言われている。

引用元:きゃりーぱみゅぱみゅ - Wikipedia





2022年1月28日金曜日

田中芽衣



1月28日は、ファッションモデル・女優の田中芽衣の誕生日です。

田中 芽衣(たなか めい、2000年(平成12年)1月28日 - )は、日本のファッションモデル、女優。熊本県出身。クオリアム所属。

身長 164 cm 血液型 O型

2014年12月にティーンファッション誌「Ranzuki」の専属モデルとして活動を開始。

2017年11月からさまざまなファッション誌でレギュラーモデルを務める。

テレビドラマなどにも出演し女優としても活躍の幅を広げている。

写真家としても2017年4月、2018年8月に単独個展を開催。アパレルブランドへのデザインディレクションを行うなどクリエイターとしても活動。

引用元:田中芽衣 - Wikipedia









2022年1月27日木曜日

夏夕介 (田浦幸)



1月27日は、俳優の夏夕介の命日です。2010年1月27日没。59歳。

夏 夕介(なつ ゆうすけ、1950年10月30日 - 2010年1月27日)は、日本の俳優。本名、田浦 久幸(たうら ひさゆき)。身長175cm、体重76kg。血液型はO型。妻は元女優の伊藤めぐみ。長女は元宝塚歌劇団宙組の娘役・愛花ちさき。

出生地は熊本県荒尾市。千葉市立松ヶ丘小学校、高石市立高石中学校を経て、大阪府立泉大津高等学校卒業。

大阪のバンド「グランプリーズ」でオルガンを担当していた。1969年春に高校卒業後は、グランプリーズのヴォーカルとして活動していた和田アキ子のプロデビューをきっかけに上京。和田の所属事務所であるホリプロよりルックスの良さを買われ、同年5月に脱退した赤松愛の後を引き継ぐ形で、当時人気絶頂だったグループ・サウンズ「オックス」に「田浦 幸(たうら ゆき)」の芸名で参加。

1970年「オックス」在籍中に芸名を「夏夕介」に改め、ソロ歌手として「涙が燃えて」でデビュー、同時に俳優業に進出し『野良猫ロック・ワイルド・ジャンボ』で映画デビュー。1971年、5月末をもってオックスが解散。テレビドラマ『美人はいかが?』などに出演する傍ら、劇団NLTの研修生となる。

1972年、10月から12月にわたり放送されたステージショー形式の異色のヒーロー番組『突撃! ヒューマン!!』(日本テレビ系)で主役・岩城淳一郎役に抜擢(ばってき)される。

1974年、『ラブラブライバル』(TBS系)では、脇に回り、コミカルな演技をこなす一方、梶原一騎原作の人気コミックのドラマ化作品『純愛山河・愛と誠』(東京12チャンネル - 現・テレビ東京)では主役・太賀誠役として、本作がデビュー作となった池上季実子の相手役を務め、一躍人気俳優となる。

1976年、『愛のなぎさ』(監督:根本順善、東宝)で映画初主演を果たす。同年『宇宙鉄人キョーダイン』(毎日放送 - TBS系)では再びヒーロー役を演じた。

『赤い絆』(TBS)、『人はそれをスキャンダルという』(TBS)などのテレビドラマ出演を経て、1980年より『特捜最前線』(テレビ朝日)に、叶旬一刑事役で出演。1987年まで7年間レギュラー出演した。

その後、ラムゼイ・ハント症候群を発病。顔面神経麻痺などの症状から、しばらく表舞台から姿を消していたものの、これを克服し「劇団シアタージャパン」の俳優代表として活躍した。

2010年1月27日、胃がんのため東京都内の病院で死去。59歳没。

引用元:夏夕介 - Wikipedia




オックス「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」(右から2番目が夏)


1973年発売シングル「君がそばにいるから / 絵里加」



2022年1月26日水曜日

見城美枝子



1月26日は、アナウンサー・ジャーナリスト・評論家などの活動をされる、見城美枝子の誕生日です。

見城 美枝子(けんじょう みえこ、1946年1月26日 - )は、日本のアナウンサー、エッセイスト、ジャーナリスト、評論家、ニュースキャスター。福岡県春日市ふれあい文化センター館長(在任1995年 - 1999年)、青森大学社会学部教授(在任1996年 - 2015年)→副学長(在任2015年 - )、サイバー大学客員教授(日本語文化論)、日本リーダー養成協会理事長(在任1994年 - )、JA全農経営役員(在任2002年 - 2005年)、オルト取締役(在任2004年 - 2008年)、三越社外取締役(在任2006年 - 2008年)→顧問(在任2008年 - 2009年)、新島学園短期大学客員教授(在任2010年 - )、NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長(在任2010年 - )。愛称は「ケンケン」。見城美枝子オフィス所属。加えて2012年9月よりTBSスパークル(旧:キャスト・プラス)と業務提携を結ぶ。

群馬県館林市出身。群馬県立館林女子高等学校、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程単位取得満期退学(2005年)。 夫は青森大学評議員などを務める田中穣(たなか みのる)。4児あり。

1968年4月、TBSへアナウンサー13期生として入社(同期には小島一慶・松永邦久・池田園子・石井和子・郷司淑子・菅原牧子)。

1973年9月、TBSを退社、フリーとなる。退社の直接の動機として、当時のTBS労組が見城に指名ストライキを度々命じており、それが原因である番組の海外ロケの際にスポンサーサイドから「社員ではなくフリーのアナウンサーを起用して欲しい」と要望されたため、「番組出演及びジャーナリストとしての取材を優先させるため退社せざるを得なかった」と後に明らかにしている。

以後おはよう720→おはよう700(1975年 - 1980年)の司会を務め、同局の五木田武信らと「キャラバンII」の海外ロケも多くこなす。

1981年、24時間テレビ 「愛は地球を救う」(第4回、日本テレビ)で徳光和夫とともに総合司会を務める。

1995年第17回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から無所属で立候補、定数4のところ6位で落選した。

2006年6月7日の衆議院教育基本法特別委員会の参考人質疑で、教育基本法に「愛国心」を盛り込むことを高く評価した。

財団法人農学会評議員(在任2006年 - )、財団法人尾瀬保護財団理事、給水工事技術振興財団理事、公共建築賞審査委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員、国土交通省国土審議会北海道開発分科会特別委員、国土交通省国土技術政策総合研究所研究評価委員会委員、厚生労働省社会保障審議会福祉文化分科会委員、厚生労働省医道審議会臨時委員などを務めている。

引用元:見城美枝子 - Wikipedia







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