10月9日は、ドイツ出身でアメリカ合衆国ロサンゼルス育ちのミュージシャン・シンガーソングライターである、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)の誕生日です。1972年、アサイラム・レコードからアルバム「ジャクソン・ブラウン・ファースト」でメジャー・デビュー、以降1974年「レイト・フォー・ザ・スカイ」が14位、1976年「プリテンダー」が5位、1978年「孤独なランナー」が3位、1980年「ホールド・アウト」で初の全米チャート1位を獲得など活躍をする。米西海岸を代表するフォークシンガーである。
ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne, 1948年10月9日 - )は、ドイツ出身、アメリカ合衆国ロサンゼルス育ちのミュージシャン、シンガーソングライター。
米西海岸を代表するフォークシンガーとして知られる。2004年『ロックの殿堂』入り。支持政党は民主党。
1966年、ニッティー・グリッティー・ダート・バンドに加入しゴールデン・ベアで演奏、ダート・バンドは後に彼の曲をカバーしている。
1967年10月、ニコのデビュー・ソロ・アルバム『Chelsea Girl』に「青春の日々(These Days)」が収録される。以来、イーグルスやニッティー・グリッティー・ダート・バンド、トム・ラッシュなどが作品を取り上げ、デビュー前からその名は広く知られていた。
1972年、アサイラム・レコードからアルバム『ジャクソン・ブラウン・ファースト』でメジャー・デビューを果たす。同アルバムに収録されている「ドクター・マイ・アイズ」は、全米シングル・チャート第8位のヒットとなった。
以後、1974年『レイト・フォー・ザ・スカイ』が14位、1976年『プリテンダー』が5位、1978年『孤独なランナー』が3位と着実にチャート成績を伸ばし、1980年にリリースしたアルバム『ホールド・アウト』で初の全米チャート1位を獲得する。1970年代のブラウンの作品は、日々の生活の中で感じる苦悩や葛藤、心の痛みなどを歌っており、同世代の人々から高い支持を得た。作詞家としての評価も高く、ローリングストーン誌から「1970年代で最も完成された作詞家」と評された。
1990年代に入ってからは1993年『アイム・アライブ』、1996年『ルッキング・イースト』で内省的な曲作りに回帰している。また、80年代半ば頃からアルバム制作のインターバルが長くなっており、あまり多くの作品を発表していない。90年代以降はスタジオワークよりもコンサート・ツアーに比重が置かれている。曲作りのスタイルも、バンド・メンバーと共にセッションをしながら練り上げていくような形へと変化していく。また、チャリティー・イベントへの参加や、様々なアーティストとのジョイント・コンサートなども積極的に行っている。








