2023年3月25日土曜日

エルトン・ジョン



3月25日は、イギリスのミュージシャン・シンガーソングライターのエルトン・ジョンの誕生日です。

サー・エルトン・ハーキュリーズ・ジョン(Sir Elton Hercules John、CH CBE, 1947年3月25日 - )は、イギリスのミュージシャン、シンガー・ソングライター。出生時の名前は、レジナルド・ケネス・ドワイト(Reginald Kenneth Dwight)。アメリカのビリー・ジョエルと共に、20世紀後半〜21世紀前半、ピアノ・ロックというジャンルを確立した。

1969年にソロ・デビュー。1970年の「僕の歌は君の歌」のヒット以降コンスタントに活動を続け、現在までに全世界で3億枚以上のレコード・セールスを記録した、世界で最も成功した男性ソロ・アーティストの一人である。作曲は彼自身によるものだが、作詞は1968年のデビュー以降その多くを盟友バーニー・トーピンが手がけている。

1970年代前半に、人気は全盛期を迎えた。シングルでは「ホンキー・キャット」「ロケット・マン」「クロコダイル・ロック」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」「土曜の夜は僕の生きがい」「ベニーとジェッツ」ほか多数のヒット作を発表。1972年の『ホンキー・シャトー』以降、『ピアニストを撃つな!』(1973年)、『黄昏のレンガ路』(1973年)、『カリブ』(1974年)、『グレイテスト・ヒッツ』(1974年)、『キャプテン・ファンタスティック』(1975年)、『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ』(1975年)が7作連続全米首位を記録し、1975年には『キャプテン・ファンタスティック』で全米ビルボードのアルバムチャート史上初の初登場1位を記録するなど、この時期に彼は数多くの成果をあげた。

活動休止期間を経て、トーピンと一時期決別してからは不遇の時代が続いたが、一方で1986年にはディオンヌ・ワーウィックらとのデュエット曲「愛のハーモニー」で初のグラミー賞を受賞している。1980年代後半から1990年代前半にかけては、喉の病気やアルコール、薬物依存症などに苦しみながらも、音楽活動と並行してチャリティーにも精力的に取り組むようになる。1990年代前半からは依存症を克服し、映画『ライオン・キング』のサントラなど数多くの仕事で成功した。1997年には、旧作の詞の一部を差し替え、事故死したダイアナ妃に捧げたシングル「キャンドル・イン・ザ・ウィンド 1997/ユー・ルック・トゥナイト」が、全世界で3,700万枚以上を売り上げるシングル史上最大のヒット曲となる。この記録は、2015年現在も破られていない。1998年2月24日には長年の功績を称えられ、ポピュラー音楽の音楽家としては3人目となるナイトに叙勲された。

引用元:エルトン・ジョン - Wikipedia













2023年3月24日金曜日

竜星涼



3月24日は、俳優の竜星涼(りゅうせい りょう)の誕生日です。2013年にスーパー戦隊シリーズ「獣電戦隊キョウリュウジャー」にて主役・桐生ダイゴ/キョウリュウレッド役でテレビドラマ初主演した。

竜星 涼(りゅうせい りょう、1993年〈平成5年〉3月24日 - )は、日本の俳優。東京都出身。研音所属。

両親は山形県の出身で、自身も生まれは山形県新庄市である。2009年夏に原宿の竹下通りで美容院に行く途中でスカウトされ、2010年1月に研音に正式に所属。同年4月期のテレビドラマ『素直になれなくて』(フジテレビ)で、上野樹里扮する水野月子の教え子役で俳優デビュー。2012年2月にスタジオライフの公演『OZ』で、初出演となる舞台で初主演をつとめる。同年3月、『ライアーゲーム -再生-』で映画初出演。

2013年2月から2014年2月に放送されたスーパー戦隊シリーズ『獣電戦隊キョウリュウジャー』の桐生ダイゴ / キョウリュウレッド役でテレビドラマ初主演。同作で岩泉猛志ノ介役(ノンクレジット)も務めた。2013年8月に公開された、『劇場版 獣電戦隊キョウリュウジャー ガブリンチョ・オブ・ミュージック』で映画初主演。2014年6月14日に開催された、MTV VMAJ 2014に授賞式のプレゼンターであるゲストセレブリティーとして出演。研音の若手俳優によるステージ『MEN ON STYLE』に初回から参加している。

2016年1月、『Yohji Yamamoto HOMME 2016-2017AW Paris Collection』に出演し、パリ・コレクションにデビュー。翌2017年に『Y-3 Fall/Winter 2017-2018コレクション』で2度目のパリ・コレクション出演となる。

2017年、連続テレビ小説『ひよっこ』に出演。同作や『小さな巨人』への出演で注目され、以後、『アンナチュラル』・『昭和元禄落語心中』・『メゾン・ド・ポリス』などに出演して、2018年に配信ドラマ『紺田照の合法レシピ』、2019年にテレビドラマ『都立水商! 〜令和〜』で主演をつとめた。同年7月公開のディズニーアニメーション映画『トイ・ストーリー4』では、先割れスプーンから生まれた手作りおもちゃの男の子・フォーキーの声を担当した。

『キョウリュウジャー』では危険なアクションシーンでも様々な経験ができることが楽しかったと述べており、監督からスタントを使わずに竜星で撮ると言われると嬉しかったという。唯一辛かった撮影として、冬に水面に倒れているシーンを挙げている。

引用元:竜星涼 - Wikipedia











2023年3月23日木曜日

潮健児 (泉正夫・潮建志・潮建磁)



3月23日は、俳優の潮健児(うしお けんじ)の誕生日です。1993年9月19日没。68歳。数々の現代劇から時代劇、特撮物に出演した名バイプレーヤーだが、その存在感を示したのは「仮面ライダー」における「地獄大使」だろう。

潮 健児(うしお けんじ、1925年3月23日 - 1993年9月19日)は、日本の俳優。本名:益戸 正雄(ますど まさお)。別名義:潮 健志・潮 健磁・泉 正夫。

東京府荏原郡出身。オノプロに所属していた。

旧制 専修大学予科在学中に応召し、陸軍飛行学校に入る。太平洋戦争終結後の1945年に友人の紹介で古川ロッパの一座に入団するも、1947年に退団し、専修大学専門部経済学科に通いながら、小劇団を転々とする。

1949年、太泉映画と契約し、翌年『執行猶予』(佐分利信監督)で映画デビュー。以来、太泉映画の後身である東映において長きに渡り、脇役として活動。千葉真一主演の『ファンキーハットの快男児シリーズ』でのコミカルで憎めない役柄や『極道』シリーズ(若山富三郎主演)。『網走番外地』シリーズ(高倉健主演、石井輝男監督)などの任侠映画や、今井正監督作品などに欠かせない個性的な名バイプレーヤーとして活躍した。特撮番組の『悪魔くん』のメフィスト弟(吉田義夫の代役)、『仮面ライダー』シリーズの地獄大使と暗闇大使を演じた。

『千葉真一とザ・サタンズ』のドラマーとして、九州巡業や東京のジャズ喫茶でライブを行い、その際には司会も兼務していた。千葉はデビューしてから、潮に相談相手になってもらってもいた。

1993年の『第32回日本SF大会 DAICON6』にゲストとして招待されたが、出演する企画の前夜にホテルの部屋で倒れた。付き添いの唐沢俊一は止めるよう勧めたが、体調不良を隠して出演。暗黒星雲賞ゲスト部門を受賞した。本人も喜んでいたが、これが実質上「地獄大使の最後のステージ」となった。

1993年9月19日 午前0時28分。肝硬変のため、神奈川県川崎市高津区の虎の門病院分院にて死去。68歳没。生涯独身だった。亡くなる2日前に、自伝『星を喰った男』の出版記念パーティーの会場にて車椅子姿で出席したのが最後の活動となった。

従兄弟に安藤三男。鈴村展弘は、平山亨の紹介で一時期、潮の運転手を務めていた。

引用元:潮健児 - Wikipedia













2023年3月22日水曜日

大橋巨泉



3月22日は、タレント・放送作家・テレビ司会者・元参議院議員等さまざまな活躍をした、大橋巨泉の誕生日です。2016年7月12日没。82歳。

大橋 巨泉(おおはし きょせん、1934年〈昭和9年〉3月22日 - 2016年〈平成28年〉7月12日)は、日本のテレビタレント、放送作家、元参議院議員。 テレビ司会者のほか、競馬評論家、ジャズ評論家、時事評論家としての活動も行い、馬主でもあるなど、日本のマルチタレントの先駆けとなった。

実業家・芸能プロモーターとしてオーケープロダクション(旧・大橋巨泉事務所)を創業し、取締役会長を務めたほか、海外でお土産物屋「オーケーギフトショップ」を経営するオーケーギフトショップグループの取締役社長を務めた。オーケーエンタープライズ所属。

本名は大橋 克巳(おおはし かつみ)。芸名の「巨泉」は元々は自身の俳号である。

1960年代から1980年代にかけ、『11PM』や、TBS『クイズダービー』、毎日放送『世界まるごとHOWマッチ』などの司会で名を馳せる。「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズ通り、競馬や野球、麻雀の評論でも活動し、ニッポン放送『大橋巨泉の責任プロデュース 日曜競馬ニッポン』のパーソナリティを務めた。その後は1990年3月に「56歳になったし、身を引いて司会業は長くやるものではない!」とTBS『ギミア・ぶれいく』以外のテレビ・ラジオのレギュラー番組を全て降板して、メディア業界から「セミリタイア」した。

1969年に放映されたパイロット萬年筆(現:パイロットコーポレーション)「パイロット万年筆エリートS」のCMで譜面台の上で万年筆を走らせながらしゃべった「みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ」という台詞が当時の流行語となる。なお、巨泉の台詞にはテイク2バージョンとして「すぎしびのほねのすねにて はにりてら すらりぺらぺら はっぱのにのに。のにのにというのは良くないね。僕が言いたいのはね。18キンキラ金ペン パイロットエリートS ふみふみかほめほめというのはだね。書き味が最高と言うこと。やっぱりふみふみだろうね。」もあった。この台詞は巨泉のアドリブだったといわれているが、一時は巨泉のものまねを演じる際に枕詞のように用いられることも多かった。この台詞は後に昭和万葉集(1980年発刊)に短歌として収録されている。

2016年7月12日午後9時29分、急性呼吸不全のために入院先の千葉県の病院で死去。82歳没。法名は、「巨泉院釈克導」(きょせんいんしゃくこくどう)。通夜と葬儀は親族のみで済ませ、9月5日に「大橋巨泉を偲ぶ会」が開催された。

引用元:大橋巨泉 - Wikipedia











2023年3月21日火曜日

加藤和彦



3月21日は、ミュージシャン・作曲家・ギタリストなど「ザ・フォーク・クルセダーズ」や「サディスティック・ミカ・バンド」等のバンドで活躍をした、加藤和彦の誕生日です。2009年10月16日没。62歳。

加藤 和彦 (かとう かずひこ、1947年3月21日 - 2009年10月16日)は、日本の音楽家。作曲、編曲、音楽プロデュース、撥弦楽器や鍵盤楽器などの演奏・歌唱を通じて、制作者・実演家として活動した。愛称は「トノバン」。

1960年代フォークグループ『ザ・フォーク・クルセダーズ』(通称フォークル)でデビュー。その後、ソロ活動に移行し、並行して1970年代初頭から中盤にかけてロックバンド『サディスティック・ミカ・バンド』を結成するなど、斬新なアイデアに満ちた創作活動で、1960年代後半から70年代の日本のミュージックシーンをリードした。

1977年、作詞家の安井かずみと再婚。安井が病に倒れる1990年代初頭まで「作詞・安井かずみ/作曲・加藤和彦」のコンビで、通称『ヨーロッパ三部作』などのソロ作品のほか、数々の作品を他ミュージシャンに提供した。また、時代の先端を行くファッショナブルな2人のライフスタイルも世間の注目を集めた。さらに、1980年代から映画・舞台音楽、1990年代後半からはスーパー歌舞伎の音楽など、ポップミュージックの垣根を越えたさまざまなジャンルの音楽も幅広く手がけていた。

2009年10月17日、長野県北佐久郡軽井沢町のホテルで遺体となって発見された。死因は首吊りによる自殺と見られている。62歳没。

引用元:加藤和彦 - Wikipedia






ザ・フォーク・クルセダーズ - Wikipedia


サディスティック・ミカ・バンド - Wikipedia


安井かずみ(右)と共に



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