2026年10月22日木曜日

ばってん荒川 (肥後ばってん)



10月22日は、熊本県や福岡県・長崎県を中心に九州地方で長年にわたり活躍した肥後にわか役者・ローカルタレント・演歌歌手・舞台役者である、ばってん荒川(ばってん あらかわ)の命日です。1970年にシングルレコード「火の国一代」が10万枚以上を売り上げた。主に熊本県や福岡県・長崎県を中心に九州地方で活躍した。2006年10月22日、膀胱癌による心不全のため亡くなった。69歳没。

ばってん 荒川(ばってん あらかわ、1937年〈昭和12年〉2月8日 - 2006年〈平成18年〉10月22日)は、熊本県や福岡県・長崎県を中心に九州地方で長年にわたり活躍した肥後にわか役者、ローカルタレント、演歌歌手、舞台役者。

本名は米嵜 一馬(よねざき かずま)。常用漢字でないことから米崎 一馬とも記される。熊本県熊本市出身。

戦後、存続が危ぶまれた肥後にわかを復活させ、支えたことから「肥後にわかの巨匠」と評され、九州では佐賀の筑紫美主子と並ぶ「にわか芸の大家」として知られた。

ラジオ熊本(現・熊本放送〔RKK〕)のラジオ番組「名店会アワー 肥後にわか」で放送メディアでデビューする。そのときの台詞は「あー」の一言だけだった。

1968年、熊本市上通町に演芸酒場「お米」を開店し、オーナーとなる。1975年、「お米」の事務員の女性と結婚し、3人の子供を育てる。

過去に何度か自殺未遂騒動を起こしたこともあった。

1970年に「火の国一代」でのレコードデビューがきっかけで活動の場を福岡県にも広げる。福岡、熊本のテレビ、ラジオを中心にマルチタレントとして活躍し、ドキュメンタリー番組のナレーターを務めることもあった。1970年代後半には、全国朝日放送(現・テレビ朝日)系『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』に出演、伊東四朗らと電線音頭を踊るなどして全国にも名を売ったが、その後は自身の原点である九州の舞台と、福岡・熊本でのテレビやラジオへの出演にこだわり続け、めったなことがない限り東京で仕事することはなかった。ビートたけしなど大物芸人から東京を拠点とした活動を勧められたが「余計な仕事はしたくない」と断ったともいわれる。そのたけしとは浅草の演芸場時代に縁があるらしく、たけしが頭を下げて挨拶をする数少ない芸人の内の一人と言われた。

テレビ・ラジオにお米ばあさんとして出演の際はほぼ女装していたが、レコードやCDのジャケットなど歌に関しては男装で演じていた。そのため、かつてはお米ばあさんの扮装が女装だと知らなかった人も多く、ファンである壮年男性からプロポーズされたこともあった。

2006年3月から糖尿病治療のために芸能活動を休止。その後もレギュラーで出演していたKKT「テレビタミン」とRKKラジオ「ばってん荒川 ぴら〜っと登場!」の2006年5月29日放送分に出演するなどして復帰が期待されたが、同年10月22日午前11時23分、熊本市内の病院で膀胱癌による心不全のため亡くなった。69歳没。

引用元:ばってん荒川 - Wikipedia























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