11月6日は、日本の歌手・女優・声楽家であった本田美奈子.(ほんだ みなこ)の命日です。1967年7月31日生まれ。1985年、シングル「殺意のバカンス」で歌手としてデビュー。1988年に女性のみのメンバーによるロックバンド「MINAKO with WILD CATS」を結成。1980年代はアイドル歌手として、1990年代以降は主にミュージカルで活動した。名前の後に「.」を付けたのは2004年11月から。2005年11月6日、急性骨髄性白血病のため亡くなる。38歳没。
本田 美奈子.(ほんだ みなこ、1967年〈昭和42年〉7月31日 - 2005年〈平成17年〉11月6日)は、日本の歌手、女優、声楽家。
本名、工藤 美奈子(くどう みなこ)。 1985年、シングル『殺意のバカンス』で歌手としてデビュー。1980年代はアイドル歌手として、1990年代以降は主にミュージカルで活動した。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦する。なお、姓名判断により、名前の後に「.」を付けたのは2004年11月からである。
1985年(昭和60年)4月20日に東芝EMIから「殺意のバカンス」でアイドル歌手としてデビューした。
1986年(昭和61年)2月5日に「1986年のマリリン」をリリース。へそを露出させた衣装や激しく腰を振る振り付けなど、当時のアイドル歌手としては異例の演出と相俟って大ヒットとなった。
1988年(昭和63年)に女性のみのメンバーによるロックバンド“MINAKO with WILD CATS”を結成、シングル「あなたと、熱帯」、アルバム『WILD CATS』などを発表した。
1990年(平成2年)、ミュージカル『ミス・サイゴン』のオーディションを受け、約1万5000人の中からヒロインのキム役に選ばれた。
1997年(平成9年)、『レ・ミゼラブル』にエポニーヌ役で出演。以後も繰り返しこの役で出演した。
2003年(平成15年)5月21日、初のクラシックアルバム『AVE MARIA』がリリースされた。ソプラノ的な唱法でクラシックの曲に日本語詞をつけて歌うというユニークなスタイルで新境地を切り開いた。
2005年(平成17年)1月12日(13日とも)、急性骨髄性白血病との診断を受けて緊急入院し、翌日には病名が公表された。
11月6日午前4時38分、東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院で、家族をはじめとした親類や所属事務所関係者らに看取られながら息を引き取った。38歳没。
あどけない顔立ちと華奢な体からは想像し難い実力の持ち主であった。デビュー当初から歌がうまいアイドルとして評価されており、森川美穂や中森明菜同様に、アイドル界随一の歌唱力があったとされる。
本田は新たな活躍の場に挑むごとに音域や唱法のバラエティーを広げてきた。声楽曲を歌うことになった経緯については自身「ミュージカルでいろんな役をこなしているうちにそれまで出せなかったような声を出せるようになった」と説明していた。












