2023年4月17日月曜日

畑正憲



4月17日は、愛称「ムツゴロウさん」でお馴染みの動物研究家・プロ雀士・小説家の畑正憲の誕生日です。2023年4月5日没。87歳。

畑 正憲(はた まさのり、1935年〈昭和10年〉4月17日 - 2023年〈令和5年〉4月5日)は、日本の小説家、エッセイスト、ナチュラリスト、動物研究家、プロ雀士。愛称は「ムツゴロウさん」。日本エッセイスト・クラブ賞(1968年第16回)、菊池寛賞(1977年第25回)受賞、日本プロ麻雀連盟最高顧問であり初代十段位(畑が強すぎたため畑を位付けするために創設された)、最高位戦創案者。

東京大学理学部で動物学を学んだ後、株式会社学研に入社して教育用の科学映画の作成に関わる。その後、動物関連のエッセーなどで作家としてデビュー。あだ名であるムツゴロウを冠したシリーズや小説を著した。

1971年に動物との共棲を目指して北海道に移住。後にこれが「ムツゴロウの動物王国」へと発展する。動物に造詣の深いキャラクターとしてテレビの動物番組に登場した。

麻雀など、他の趣味に関わってのテレビ出演もある。

テレビ番組の規制が厳しくなった現状を例に挙げて「海外の国でハトや子羊を殺して食べている。そうした動物をつぶすシーンを報じるか?。でもそれは社会の営みの一部。成り立ちそのもの、すなわち多様性をどう受け止め、感じるかという問題。一部の問題だけをクローズアップしていると、全体を見誤ることになる。僕は行き過ぎた規制や、そうした動きを民主主義の風化と言っているが、政治に留まらず社会全体がそうした風潮になってきているように思う」と答えている。

2017年10月に心筋梗塞を発症し入院、手術を経て入退院を繰り返した後、自宅療養を続けてきた。その一方でYouTubeなどで北海道での生活を発信してきた。

死の一週間前から容態が急変、2023年4月5日に中標津町の自宅で心筋梗塞を発症し倒れ、17時53分搬送先の病院で死去した。87歳没。

引用元:畑正憲 - Wikipedia













2023年4月16日日曜日

宇垣美里



4月16日は、元TBSアナウンサーで現在はフリーアナウンサー・モデル・女優・タレントの宇垣美里の誕生日です。

宇垣 美里(うがき みさと、1991年4月16日 - )は日本のフリーアナウンサー、モデル、女優、タレント。元TBSアナウンサー。

2011年にはミスキャンパス同志社に出場してグランプリを獲得し、京料理屋でアルバイトをしていた時期もあり、お酒について学んでいる。

2014年3月、同大学卒業後の同年4月、TBSテレビに入社し、研修期間に入る。この間、7月19日から8月31日まで行われた『夏サカス2014デリシャカス〜番組グルメでおもてなし〜』では、同期入社の皆川玲奈、品田亮太(現在はTBS報道局社会部記者)とともに「デリシャカス食べ歩き隊」としてイベントのPRを行った。

古谷有美の後任として『BLITZ POWER PUSH』(TBSラジオ)の担当を皮切りに、テレビ・ラジオの各番組への出演を2014年9月29日に開始。テレビでは後述のバラエティ番組に多く出演した他、朝の情報番組『あさチャン!』のニュースコーナーも担当していた。

自身がレギュラーを務めている番組『アフター6ジャンクション』2019年2月5日分のOPにて、「宇垣、辞めまーす」と言ってTBSテレビを3月末に退職し「フリーアナウンサーとして活動して行く」と発表した。

TBSテレビを2019年3月31日に退社。当日はレギュラー出演していた『サンデージャポン』にMCとして出演。これが局アナとしての最後の仕事となった。翌4月1日よりオスカープロモーションに所属することを発表した。

フリー転身後は、日刊SPA!で月イチの映画コラムをスタートさせるなど、執筆業にも活躍の幅を広げている。

引用元:宇垣美里 - Wikipedia













2023年4月15日土曜日

安田レイ



4月15日は、歌手の安田レイの誕生日です。

安田 レイ(やすだ レイ、1993年4月15日 - )は、日本の女性歌手。所属レーベルはSME Records。

1993年4月15日、アメリカ・ノースカロライナ州に生まれる。

10歳の頃、母が聴いていた宇多田ヒカルに衝撃を受けてシンガーを志す。

13歳で元気ロケッツのオーディションを受け、Agehasprings代表の玉井健二に才能を見いだされる。

2013年7月「Best of my Love」が大人気アニメのリメイク「宇宙戦艦ヤマト2199」のエンディングテーマに大抜擢され「安田レイ」として念願のソロデビューを果たした。

人生初のライブを埼玉スーパーアリーナで開催された「東京ガールズコレクション2013 A/W」で、2度目のライブを国立代々木競技場第一体育館で開催された「Girls Award2013 A/W」で行った。

2014年10月8日、1stアルバム「Will」をリリース。

2015年には初のワンマンツアーを行い、同年3度のツアーを敢行。第57回日本レコード大賞新人賞を受賞。

2016年2月3日、2ndアルバム「PRISM」をリリース。自身4度目のツアーを行う。

2020年3月18日、3rdアルバム「Re:I」をリリース。同アルバムに8thシングル「Message」は未収録。

2022年7月3日、デビュー9周年の日に、オフィシャルファンクラブ『REI YASUDA OFFICIAL FAN CLUB “Lay with Rei”』を開設した。

日米のハーフで、日本語と英語が話せるバイリンガル。

引用元:安田レイ - Wikipedia









2023年4月14日金曜日

リッチー・ブラックモア (ディープ・パープル、レインボー、ブラックモアズ・ナイト)



4月14日は、ハードロックバンド「ディープ・パープル」や「レインボー」などのバンドで名を馳せたギターヒーローのひとりである、イングランド出身のギタリスト、リッチー・ブラックモアの誕生日です。

リッチー・ブラックモア(Ritchie Blackmore, 本名:Richard Hugh Blackmore(リチャード・ヒュー・ブラックモア。過去にミドルネームを"ハロルド(Harold)"と表記するメディアもあったが誤記)、1945年4月14日 - )は、イングランドのギタリスト。アメリカ合衆国在住。身長179cm。

1970年代から80年代にかけて人気と支持を得たギターヒーローの一人。ハードロックバンド「ディープ・パープル」の創設メンバーとして名を馳せ、自ら率いる「レインボー」や「ブラックモアズ・ナイト」では主宰を務める。

ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第55位、2011年の改訂版では第50位。2016年、ディープ・パープル名義でロックの殿堂入り。

1970年代はブルースロック全盛期にありながらロック・ギターにクラシック音楽のフレーズを導入。ロックの音楽の幅を大きく押し広げ、1970年代以降のハードロックシーンに計り知れない影響を与えた。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」、「ブラック・ナイト」、「ハイウェイ・スター」、「紫の炎」、「スピード・キング」など多くの演奏を録音。

また、ストラトキャスターの多用、ステージの最後でのギター破壊など、彼のステージパフォーマンスは、ハードロック、ヘヴィメタルにおけるギターヒーロー像として現在にも受け継がれている。

それまでペンタトニック・スケール一辺倒だったロック・ギターに、クロマチック・スケールやハーモニック・マイナーを取り入れ、クラシック曲も大胆に取り入れる等、音楽表現の拡大に寄与したとされている。実際、ディープ・パープルやレインボーなどのハードロック時代においても、ライヴでバッハのガヴォットやイングランド民謡であるグリーンスリーヴスをアドリブで演奏するなどしていた。作曲家としては、商業的に最も成功したとされる第2期ディープ・パープルの楽曲の多くを中心となって作ったとされている。

引用元:リッチー・ブラックモア - Wikipedia




ブラックモアズ・ナイト - Wikipedia


ディープ・パープル - Wikipedia
レインボー (バンド) - Wikipedia







2023年4月13日木曜日

岐洲匠



4月13日は、俳優・タレントの岐洲匠(きず たくみ)の誕生日です。2017年のスーパー戦隊シリーズ「宇宙戦隊キュウレンジャー」にて主役のラッキー/シシレッド役を演じ話題となる。

岐洲 匠(きず たくみ、1997年4月13日 - )は、日本の俳優、タレント。本名は、田中 諒(たなか りょう)。

愛知県長久手市出身、フォスター所属。

中学時代は勉強が嫌いで、学校にも行かずゲームばかりやっていた。そんな岐洲の将来を案じた母が美容系の専門学校への入学を勧め、中学卒業後は普通科高校と美容専門学校のダブルスクールを行っていた。

2014年、第27回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにおいて明色美顔ボーイ賞を受賞。これをきっかけに芸能界からの勧誘が来たが、美容師として身を立てることを志していたためその時は勧誘を断った。

一緒にコンテストに出ていた渡邉剣が『動物戦隊ジュウオウジャー』に、西銘駿が『仮面ライダーゴースト』に出演して、自身と同期だった彼らがいつのまにかヒーローになっていることに衝撃を受ける。専門学校で尊敬していた先輩に相談したら「美容師は資格を取ればいつでもなれるけれど、ヒーローは今がチャンスなんじゃない」と背中を押してもらった。そうしてジュノン編集部の関係者に頼み込み、スカウトを断った事務所に連絡を入れて貰った。

2017年に『宇宙戦隊キュウレンジャー』で本格的に俳優としてデビューした。

自身の性格について、人見知りで小声で喋ると述べている。『宇宙戦隊キュウレンジャー』で演じたラッキーはハイテンションなキャラクターであったため、テンションを維持したまま演技するのが難しかったが、次第にキャラクターの性格が移ってきたという。一方、変身後のスーツアクターを務めた高田将司は自身と性格が似ており、言葉になっていないフィーリングでうまくいっていたと述べている。メイン監督の柴﨑貴行は、岐洲について「素直な子」と評している。

ゲーム好きであり、それが高じて自身のYouTubeチャンネルを開設しさまざまなゲームを自らプレーして配信している。

引用元:岐洲匠 - Wikipedia







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