3月2日は、アイルランド出身のブルース・ロック・ギタリストである、ロリー・ギャラガー(Rory Gallagher)の誕生日です。1966年に地元のコークでロックバンド「テイスト」を結成、1971年にソロアルバム「ロリー・ギャラガー」でデビューした。1972年に「ライヴ・イン・ヨーロッパ」1974年に「ライヴ・イン・アイルランド」を発表。1995年、肝臓の不調により倒れ肝臓移植手術を受けたが6月14日、その手術を原因とする合併症のため47歳で逝去した。
ロリー・ギャラガー(Rory Gallagher、1948年3月2日 - 1995年6月14日)は、アイルランド出身のブルース・ロック・ギタリスト。バリーシャノン生まれ、コーク育ち。死後もなお、ジョニー・マーやグレン・ティプトンなど、ロックのジャンルを超越して多くの後進に影響を与え続けている。なお、英語での発音は「ギャラハー」に近い。
2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第57位。
1966年、地元のコークでテイストを結成する(最初はザ・テイストと“ザ”が付いていた。)ボーカル&ギター担当のギャラガーを中心に据えたバンドだった。ギターの自由度を最大限に生かし、インプロヴィゼーションを重視したブルース・ロックが、彼らの目指すところだった。 そんな彼らを世間は、同じくトリオで、当時すでに大きな話題となっていたクリームの再来と称した。
1970年には2nd『オン・ザ・ボード』を発表。その年のワイト島フェスティバルは亡くなる20日ほど前にジミ・ヘンドリックスが出演したことで有名だが、5回ものアンコールを受けたテイストのステージも知られている。しかし同年を以てバンドは解散、ギャラガーはソロ活動を開始した。
1971年、『ロリー・ギャラガー』でソロ・デビューを飾ったギャラガーは、同年、早くも2作目『デュース』を発表した。これ以降、毎年恒例のようにヨーロッパとアメリカ・ツアーを行い、また、恩師アレクシス・コーナーからの推薦もあり、マディ・ウォーターズの『ロンドン・セッションズ』にも参加した。
翌1972年、ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・ヨーロッパ』を発表、全英アルバムチャートで9位を記録するヒットとなった。この年には、『メロディ・メイカー』誌によりトップ・ギタリスト・オブ・ザ・イヤーに選出された。
1974年にはアイルランド・ツアーを行い、その様子はトニー・パーマー監督によってフィルムに収められた。このツアーから、『ライヴ・イン・アイルランド』が生まれた。同作は世界で200万枚以上を売り上げる大ヒットとなった。また同年に来日し、東京、名古屋、大阪で公演を行った。
1982年に発表した『ジンクス』は、クリサリスとの契約における最後のアルバムとなった。同作の発売及びツアーの終了以降、ギャラガーの活動は緩やかなものになっていく。
1987年に、カポから初めての、そしてギャラガーにとって5年ぶりとなるアルバム、『ディフェンダー』を発表した。
1992年にはバンド・メンバーを一新。そのメンバーによる公演活動は続けられたが、ギャラガーの活動はまた緩やかなものになっていった。この頃には、長年の飲酒癖のせいで、ギャラガーの体調はかなり悪くなっていった。 しかし、ギャラガーは1994年にヨーロッパ・ツアーを始めた。
そして1995年、ツアー先のオランダのロッテルダムで、肝臓の不調により倒れた。4月に肝臓移植手術を受けたが6月14日、その手術を原因とする合併症のため47歳で逝去した。










