3月19日は、アメリカ合衆国出身のロック・ギタリストである、ランディ・ローズ(Randy Rhoads)の命日です。クワイエット・ライオット及びオジー・オズボーンのバンドの初代ギタリストであったことで知られる。1982年3月19日、オジー・オズボーン・バンドの全米ツアー(Diary of a madman tour)中に遊覧飛行で乗った軽飛行機の墜落事故により即死。25歳没。
ランディ・ローズ(Randy Rhoads、本名:ランドール・ウィリアム・ローズ、男性、1956年12月6日 - 1982年3月19日)は、アメリカ合衆国出身のロック・ギタリスト。身長170cm。
クワイエット・ライオットおよびオジー・オズボーンのバンドの初代ギタリストであったことで知られる。
1982年3月19日、オジー・オズボーン・バンドの全米ツアー(Diary of a madman tour)中に遊覧飛行で乗った軽飛行機の墜落事故により、25歳で生涯を終えた。
ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」第85位、2011年の改訂版では第36位。2021年「ロックの殿堂」入り。
1975年、ランディを中心にクワイエット・ライオットが結成される。
1978年3月、CBSソニーより『静かなる暴動(QUIET RIOT)』で日本デビューを飾る。
12月には、セカンド・アルバム『暴動に明日はない(QUIET RIOT II)』をリリースするも、このアルバムも日本のみのリリースで、全米で発売されることはなかった。
1979年9月、オジーバンドに加入に伴い、クワイエット・ライオットは自然消滅。日本デビューはしたものの、日本公演を行うことはなかった。そしてランディは、正式に活動の場をオジー・オズボーンの元へ移し渡英する。11月にはアルバム制作に取り組み、1980年3月にボブ・デイズリー(ベース)、リー・カースレイク(ドラム)らと共にロンドンのリッジ・ファーム・スタジオでレコーディングが開始される。
1980年8月、ファースト・シングルとして「Crazy Train」をリリース。9月には、アルバム『ブリザード・オブ・オズ〜血塗られた英雄伝説 (BLIZZARD OF OZZ)』をリリースと同時に全英ツアーを開始。アルバムは発売直後、全英チャート15位を記録、ランディは新たなギターヒーローとして注目を集めることとなった。
1981年にはセカンド・アルバムの制作及びレコーディングを開始、4月にはファースト・アルバム『BLIZZARD OF OZZ』が全米でリリースされ、同時期に全米ツアーを開始。10月には、セカンド・アルバム『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン(DIARY OF A MADMAN)』をリリース。12月にはプラチナムディスクに輝き、アメリカでも大規模なアリーナツアーを展開する。
全てが順風満帆に進むと思われた矢先の翌年1982年3月19日、ランディを乗せた小型飛行機がフロリダ州リースバーグにて墜落し、飲酒から酔っていた操縦士とシャロン・オズボーンの古い友人であるメイクアップ・アーティストを含む3人がオジーの目前で即死。若きギターヒーローが才能を開花させようとしていた矢先の出来事であった。享年25。
1970年代から80年代初期にかけてのロック・ギターの進化の一端を担った人物とされる。









