8月19日は、イングランド出身のロック・シンガーである、イアン・ギラン(Ian Gillan)の誕生日です。ハードロックバンド「ディープ・パープル」のリードボーカリストとして知られる。ブルースをベースにしながら金切り声を立てる独特のヴォーカル・スタイルが特徴。
イアン・ギラン(Ian Gillan、1945年8月19日 - )は、イングランド出身のロック・シンガー、コンポーザーである。身長185cm。
ハードロックバンドの「ディープ・パープル」のメンバーとして知られる。2016年、同バンド名義でロックの殿堂入り。
1969年7月、エピソード・シックスの同僚のロジャー・グローヴァーと共に第2期ディープ・パープルに加入して、ヴォーカルとパーカッションを担当。ブルースをベースにしながら金切り声を立てる独特のヴォーカル・スタイルを披露、後続のハードロック、ヘビーメタル系・シンガーに大きな影響を与えた。
ディープ・パープル在籍中の1970年、イエス・キリストの最後の7日間を描いたミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』のオリジナル・キャストのアルバム『ジーザス・クライスト・スーパースター』の録音に参加し、主人公イエス・キリストの役を務めた。
ディープ・パープルを脱退し、音楽業界から退いてモーター・サイクルとホテルの多角経営に従事した。1975年10月16日、グローヴァー主催の『バタフライ・ボール』のコンサートで音楽業界への復帰を果たす。
1976年、イアン・ギラン・バンドを結成して音楽活動を再開、即興的な音楽からの影響を導入して、ディープ・パープルとは趣の異なるジャズ・ロック・スタイルの楽曲を披露。
1978年にイアン・ギラン・バンドを解散。新たな編成によるギランを結成する。
1983年、突如ブラック・サバスに加入してアルバム『悪魔の落とし子』を制作。
1984年4月、第2期のメンバーによるディープ・パープルの再結成に参加する為に、ブラック・サバスを脱退した。
ギランはアルバム『パーフェクト・ストレンジャーズ』(1984年)、『ハウス・オブ・ブルー・ライト』(1987年)の制作に参加。しかし再びブラックモアと対立し、1989年に解雇された。
1992年、アルバム『紫の聖戦』の制作中に復帰してレコーディングを完成させる。
ギランの復帰にあくまでも反対していたブラックモアはヨーロッパ・ツアー前半、11月下旬のヘルシンキ公演終了後に突然脱退。残されたメンバーは急遽代役にジョー・サトリアーニを迎えて2週間後の日本公演を乗り切り、1994年にブラックモアの正式な後任にスティーヴ・モーズを迎えて活動を継続した。
2026年8月12日、ニューヨーク州ワンタフのノースウェル・アット・ジョーンズ・ビーチ・シアターで行われたディープ・パープルの公演にゲストとして出演し、代表曲「Smoke on the Water」を演奏した。共演に先立ち、ブラックモアがイアン・ギランにアンコールで1曲だけ演奏したいと申し入れ、ギランがバンドに提案したところメンバーからも了承を得て実現した。ブラックモアがディープ・パープルと共演するのは1993年以来で、33年ぶりのステージ共演となった。










