7月12日は、アメリカ・シカゴ出身のシンガーソングライターである、ミニー・リパートン(Minnie Riperton)の命日です。5オクターヴから5オクターヴ半という広い声域を持ち、特に「ラヴィング・ユー」のサビで使われる超ハイトーンが有名である。後のマライア・キャリー、セリーヌ・ディオンらに幅広く影響を与えた。1979年7月12日にガンのため31歳で死去。
ミニー・ジュリア・リパートン・ルドルフ(英語: Minnie Julia Riperton Rudolph、1947年11月8日 - 1979年7月12日)は、アメリカ・シカゴ出身のシンガーソングライター。出生名はミニー・ジュリア・リパートン(英語: Minnie Julia Riperton)。
5オクターヴから5オクターヴ半という広い声域を持ち、特に「ラヴィング・ユー」のサビで使われる超ハイトーンが有名である。後のマライア・キャリー、セリーヌ・ディオンらに幅広く影響を与えた。
夫はミュージシャンのリチャード・ルドルフ。娘はコメディアン、女優のマーヤ・ルドルフ。
シカゴ生まれ。幼少の頃から音楽に親しんだ。14歳の時にはグループ「ジェムス(GEMS)」に加入、1966年には「アンドレア・デイヴィス」という芸名でソロデビューした。また、サイケデリック・ソウル・バンド「ロータリー・コネクション」のリードヴォーカルも担当したが曲がなかなかヒットしなかった。この間にプロデューサーのリチャード・ルドルフと結婚し、のちに女優となるマーヤ・ルドルフら2児を儲けプライベートでは恵まれた生活を送っていた。
1971年にスティーヴィー・ワンダーのバックコーラスに抜擢される。1974年12月にスティーヴィーがプロデュースしたアルバム『パーフェクト・エンジェル』を発売。このアルバムからシングルカットした「ラヴィング・ユー」が全米で大ヒットした。
1976年頭に乳がんと診断され同年春に手術を受ける。一時快方に向かったがガンが腕に転移していることが1978年に判明。1979年7月12日に31歳で死去。ウエストウッド・メモリアルパークに埋葬された。









