12月17日は、イングランド出身のロック・ボーカリストである、ポール・ロジャース(Paul Rodgers)の誕生日です。1960年代後半から現在までにフリー、バッド・カンパニーなどのリードボーカリストとして活動した。特徴あるソウルフルな歌唱スタイルで偉大なるロック・ボーカリストとして有名になった。日本とも縁が深い。
ポール・バーナード・ロジャース(Paul Bernard Rodgers、1949年12月17日 - )は、イングランド、カナダのロック・ボーカリスト。1960年代後半から2023年現在に至るまで、フリー、バッド・カンパニーなどのリード・ボーカリスト、ソングライターとして活動。リズム・アンド・ブルースに根差した特徴あるソウルフルな歌唱スタイルは、後のロック・ボーカリストたちに多大な影響を与えた。
ロジャースは2011年にカナダ国籍を取得し、イングランドとカナダの多重国籍となった。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第55位。
時期により、歌唱スタイルは変化している。オーティス・レディングがインタビューや楽曲で頻繁に取り上げられ、活動初期の音源では歌唱スタイルの類似が確認できる。非常に強力な声の持ち主であることから、「ザ・ヴォイス」などの異名を持つほどである。
他にもインタビューでジョン・リー・フッカーやエルモア・ジェームス、ハウリン・ウルフなど名を挙げており、レイ・チャールズに至っては2010年に英国営放送BBCでジュールズ・ホーランドと共に「クライング・タイム」を演奏した。フリーのファースト・アルバムでは、ハウリン・ウルフの楽曲「Goin' Down Slow」を取り上げている。いずれからも、ブルースやリズム・アンド・ブルースの影響が窺える。
初めて購入したレコードはブッカー・T&ザ・MG'sの「レッド・ビーンズ・ライス」だったという。
幼少期は自宅でラジオが流れており、興味深くチャートを聴いていたとヴィンテージ・ロックのインタビューで語っている。フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリーも耳にしていた。プレスリーが登場した当時、彼の姉はプレスリーに夢中で、彼自身は10代を通しビートルズに夢中だった。ブルースのきっかけはローリング・ストーンズであり、B.B.キングやマディ・ウォーターズを発見し、音楽の深みにはまっていった。後に自分をオーティス・レディングに見立て歌うようになった。
フリーのメンバーとして初来日した際、「サムライはどこだ」と聞いたという。
元妻は野添和子・ひとみ姉妹の姪にあたる清水眞智(2025年10月死去)。1974年秋に私用で夫婦揃って来日した折、野添家に世話になった「お返しに」と、無報酬でドラマ『夜明けの刑事』の挿入歌「Yoake No Keiji」を日本語で歌った。レコード化はされていないが、ニール・ショーンをギターに迎えた日本公演で、リクエストに応え歌ったことがある。2010年10月のバッド・カンパニー日本公演では、アコースティックギターの弾き語りでフルコーラスを披露した。
眞智との間にもうけた息子スティーブ、娘ジャスミンは共にボアというイギリスのバンドで活動している。ボアの楽曲「DUVET」は、日本のメディアミックス作品『Serial experiments lain』のTVアニメーション版主題歌となった。スティーヴは、上記の2010年のバッド・カンパニー日本公演に同行した。












