3月1日は、イングランド出身のドラマーである、マイケル・ジャイルズ(Michael Giles)の誕生日です。1969年に「ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ」から改名した「キング・クリムゾン」の初期メンバーとして最も有名である。ファーストアルバムにして頂点の「クリムゾン・キングの宮殿」でのドラミングは至高である。セカンドアルバム「ポセイドンのめざめ」に参加後はイアン・マクドナルドとともに「マクドナルド・アンド・ジャイルズ」を結成。その後は主にセッションドラマーとしての参加が多い。近年では「21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド」などに参加していた。
マイケル・ジャイルズ(Michael Rex Giles、1942年3月1日 - )は、イングランド出身のドラマー。ロック・バンドのキング・クリムゾンの創設メンバーの一人。
「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において49位。
1961年11月、ダウランド兄弟をフィーチャーしたザ・ダウランド・ブラザーズのバック・バンドに、ベーシストである弟のピーター・ジャイルズと共に参加して、初のレコーディングを経験した。1964年にはプロ活動に専念する為、兄弟揃ってビート・バンドのトレンドセッターズ・リミテッドに加入して、シングルの制作やヒット歌手のイギリス公演のバック演奏など数多くの経験を積んだ。
イギリスのミュージック・シーンの主流がビート・バンドからアート・ロックに切り替わった1967年春に、ジャイルズ兄弟はトレンドセッターズ・リミテッド改めザ・ブレインを脱退。二人は新聞に歌えるオルガニストの募集広告を載せたが、結局ドーセット出身の歌えないギタリストのロバート・フリップを迎え、同年8月にジャイルズ・ジャイルズ&フリップ(以下GG&F)を結成した。
彼等はイアン・マクドナルド(サクソフォーン、フルート、キーボード)、脱退した弟ピーターの後任としてグレッグ・レイク(ベース・ギター、ボーカル)を迎えて、1969年1月22日にキング・クリムゾンになった。さらにマクドナルドの曲の作詞を担当していたピート・シンフィールドがメンバーに加わり、1969年10月にデビュー・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』が発表された。
キング・クリムゾンは『クリムゾン・キングの宮殿』の発表の直後にアメリカ・ツアーを開始したが、ジャイルズとマクドナルドはリーダーのフリップとの溝を深めていった。その上、ツアーの過酷な日程がもたらした心身の疲労に加えてプライベートの事情が重なった結果、二人は同年12月に脱退を表明。オリジナル・メンバーのキング・クリムゾンはわずかアルバム1作を発表しただけで終焉を迎えた。
1970年、ジャイルズはフリップの依頼でキング・クリムゾンのセカンド・アルバム『ポセイドンのめざめ』に客演した後、マクドナルドとの共作アルバム『マクドナルド・アンド・ジャイルズ』を制作して翌1971年1月に発表した。
マクドナルド・アンド・ジャイルズの後、ジャイルズはセッション・ミュージシャンとして活動していった。
1999年にはマクドナルドの初のソロ・アルバム『ドライヴァーズ・アイズ』の制作に参加。
2002年には、マクドナルドと共同で『マクドナルド・アンド・ジャイルズ』のリマスター作業を行なった。そしてマクドナルド、弟ピーター、マクドナルドの後任として1970年から1972年までキング・クリムゾンに在籍したメル・コリンズ、レベル42やロング・ハローで活動した娘婿のジャッコ・ジャクジクと「21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド」を結成して、かつてのキング・クリムゾン・サウンドを回顧するかのごとき演奏活動を行った。
2019年の時点で、出版を目標に心理学の本の原稿を執筆していた。


















































