2026年1月12日月曜日

ランディ・ヴァンウォーマー



1月12日は、アメリカ出身のシンガーソングライター・アーティストのランディ・ヴァンウォーマー(Randy VanWarmer)の命日です。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)のアーティストとして1979年にアルバム「Warmer」でデビュー、「Just When I Needed You Most(邦題:アメリカン・モーニング)」が英米や日本でも大ヒットしその名前を轟かせた。その後も数年に一度のペースで着実にアルバムをリリースしたが、2003年に白血病と診断され、2004年1月12日に48歳で死去。

ランディ・ヴァンウォーマー(Randy VanWarmer、本名:Randall Van Warmer、1955年3月30日 - 2004年1月12日) は、AOR、カントリーのアーティスト、シンガーソングライター。“繊細な”“無垢な”等の形容詞で評されることの多い声の持ち主である。

アメリカ合衆国コロラド州のインディアン・ヒルズに生まれる。住民の大半がキリスト教徒という環境下、幼少期はゴスペルに親しんでいた。12歳の時に交通事故で父親を亡くし、その3年後、イギリスのコーンウォール郊外へ家族とともに移り住む。当初は演劇を志すが、挫折。この頃から曲を書き始め、コーンウォールのライブハウスで活躍した。その後、ロンドンのレコード会社を回る生活が続き、20歳の時ベアズビル・レコードと契約する。

しかし、なかなかレコーディングに取りかかれないまま1978年にニューヨークへ移住。翌1979年、アルバム『Warmer』でようやくデビューにこぎつけた。この中に収録されている彼が18歳の時に書いた曲、『Just When I Needed You Most』 (邦題:アメリカン・モーニング)が英米で大ヒットし、彼の代表曲となる(後に日本でもヒット)。

1982年にはLAに、1985年にはテネシー州のナッシュビルに移る。ここで地元のレコード会社と契約し、2枚のアルバムをリリースした。また、ソングライターとして楽曲提供を開始し、いくつかのヒット曲を生み出している。その後も、イギリス、アイルランド、日本のレコード会社と契約し、1990年代後半に至るまで数年に一度のペースで着実にアルバムをリリースした。

2003年に白血病と診断され、シアトルの病院で骨髄移植をしたが、2004年1月12日に48歳の若さで死去した。

2012年5月22日に、遺灰がスペースX社製の「ファルコン9」ロケットで宇宙船「ドラゴン」と共に打ち上げらた。

彼の死後も、遺作とされているスティーブン・フォスターの楽曲をカバーしたアルバムや、生前レコーディングされていた未発表の楽曲で構成されたアルバムが発売されている。

引用元:ランディ・ヴァンウォーマー - Wikipedia





















2026年1月11日日曜日

江利チエミ



1月11日は、歌手・女優・タレントの江利チエミ(えり ちえみ)の誕生日です。昭和期に活躍した歌手・女優で主に「テネシーワルツ」「ツゥー・ヤング」などのヒットシングルを持ち、美空ひばり・雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれ一世を風靡した。映画の「サザエさん」シリーズもヒットした。クイズ番組でも「連想ゲーム」の紅組2代目キャプテンや「象印クイズヒントでピント」の女性軍初代キャプテンなど務めた。1982年2月13日に急逝してしまう。45歳没。

江利 チエミ(えり ちえみ、本名:久保 智恵美(くぼ ちえみ)、1937年〈昭和12年〉1月11日 - 1982年〈昭和57年〉2月13日)は、昭和期に活躍した日本の歌手・女優・タレント。

メジャーデビューシングルの「テネシーワルツ」は23万枚、続く「ツゥー・ヤング」(トゥー・ヤング)も15万枚の大ヒットとなった。クラシック音楽以外の全ての海外製ポピュラー音楽を総称して「ジャズ」と呼んだ当時、この大ヒットが、大規模の劇場や公会堂を使ったジャズ・コンサート(ジャズ・コン)ブームや、ジャズを放送で取り上げる民間放送の開局ラッシュと重なり、ジャズが全国へ広がるうえでの牽引役となる。

美空ひばり・雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれ、一世を風靡、『ジャンケン娘』(1955年)などの一連の映画で共演した。

映画の『サザエさん』シリーズ(1956年から全10作が作られた)もヒット。後にテレビドラマ(1965年 - 1967年)、舞台化もされ生涯の当たり役となる。東映作品『ちいさこべ』では京都市民映画祭で優秀助演女優賞を獲得、『ふんどし医者』など、自身主演の音楽娯楽映画(『唄祭りロマンス道中』(渥美清・共演)、『ジャズ娘誕生』(石原裕次郎・共演)、『チエミの婦人靴』など)以外にも数多く助演した。

歌手・女優に留まらず、TBS『みんなで歌おう73 - 75』のメインパーソナリティなど司会業でも活躍。ほかクイズ番組では、NHK『連想ゲーム』の紅組2代目キャプテン、テレビ朝日『象印クイズヒントでピント』の女性軍初代キャプテンなど務めていた。

1982年(昭和57年)2月13日午後、チエミが港区高輪の自宅マンションの高輪ヒルズの寝室で、上半身がベッドからはみ出た状態で吐いて倒れているのをマネージャーに発見され、既に呼吸・心音とも反応がなく死亡が確認された。45歳没。死因は、脳卒中と吐物が気管に詰まっての窒息(誤嚥)によるものだった。チエミの死は、数日前から風邪を引き体調が悪かったところにウイスキーの牛乳割りを呷り、加えて暖房をつけたまま風邪薬を飲んで寝入ったことが一因とも言われている。

引用元:江利チエミ - Wikipedia























2026年1月10日土曜日

里中唯



1月10日は、元女優・タレントの里中唯(さとなか ゆい)の誕生日です。2006年1月からの「仮面ライダーカブト」にてヒロイン・日下部ひより役で出演が有名。アイドルユニット「C-ZONE」や「ROLLING GIRLS」のメンバーでもあった。2007年3月16日に芸能活動引退を表明したが、2022年4月1日に自身のInstagramのアカウントを開設している。

里中 唯(さとなか ゆい、1986年1月10日 - )は、日本の元タレント。東京都出身。元ユニオンプロダクション所属。

身長160cm、スリーサイズはB75 W56 H81。足のサイズは25cm。血液型はA型。愛称はゆいちゃん。既婚。

高校在学中に原宿でスカウトされ、芸能界デビュー。

2005年から本格的に活動を開始し、2006年1月から2007年1月にかけて、『仮面ライダーカブト』のヒロイン・日下部ひより役で出演。

ちばテレビの『なりギャル.TV』で誕生したユニット「C-ZONE」のメンバーだったが、2006年2月11日の渋谷egg-manのライブをもってC-ZONEでの活動を休止。また、全国各地のアイドルグループから選抜されたユニット「ROLLING GIRLS」のメンバーも務めた。

2007年3月16日、自身のオフィシャルHPにて3月31日付けでの芸能活動引退を表明。

2022年4月1日、Instagramのアカウントを開設。

引用元:里中唯 - Wikipedia






















Instagram



2026年1月9日金曜日

金田美香 (タレント)



1月9日は、グラビアアイドル・女優・タレントの金田美香(かねだ みか)の誕生日です。1999年「ヤングジャンプ全国女子高生制服コレクション」グランプリを受賞。同年10月「3年B組金八先生」第5シリーズでドラマデビュー。2003年7月から2008年6月まで「王様のブランチ」のリポーターを務めた。グラビアアイドルとしても活動した。

金田 美香(かねだ みか、1984年〈昭和59年〉1月9日 - )は、日本のグラビアアイドル、女優、タレント、である。本名:中澤 美香(なかざわ みか)、旧姓:金田(かねだ)。夫は元プロサッカー選手である中澤聡太。ジールアソシエイツ所属。東京都出身。

「松下めい」の芸名でお菓子系アイドルとして活躍し、本名の「金田美香」名義で1999年、集英社『ヤングジャンプ全国女子高生制服コレクション』グランプリを受賞。

同年10月、TBS系ドラマ『3年B組金八先生』第5シリーズでドラマデビュー。3Bの女子学級委員・佐伯蘭子を演じる。

2003年7月から2008年6月までTBS系情報番組『王様のブランチ』のリポーターを務めた。

常盤貴子の大ファン。ドラマ『愛していると言ってくれ』の演技に感激し女優を志す(雑誌インタビューより)。また、『理想の結婚』の再放送を見た感想など、常盤への思いを自身のブログに記載したことも(2006年11月)。

愛称は「美香ちゃん」「かねみか」。ブランチで共演していた白石みきにはブログ上で「ミッタ」、中川翔子には「ミカタス」と呼ばれている。

中川翔子との交友がブログ開設のきっかけとされている。

ドラマ「HeartBeat」の共演者であるタレントの平田裕香は高校の同級生にして親友。「ゆかっち」「みかっち」と呼び合い、お互いのブログに登場するなどの仲。

2007年、プロサッカー選手中澤聡太の公式ブログに載せられた写真と金田の公式ブログに載せられた写真が似通っているなど交際関係が噂され、金田も所属事務所も中澤とは友人の1人であり交際関係はないとのコメントを発表していたが、2009年6月21日付けの金田・中澤両者の公式ブログで結婚したことを発表した。2010年1月9日、自身の26歳の誕生日に東京で挙式・披露宴を行い、同年10月3日に第一子となる女児を出産した。

引用元:金田美香 - Wikipedia

























2026年1月8日木曜日

吉沢やすみ



1月8日は、漫画家・実業家の吉沢やすみ(よしざわ やすみ)の誕生日です。アニメ化され大ヒットした「ど根性ガエル」がお馴染み。それ以降はヒット作に恵まれず低迷が続き、プレッシャーやスランプに苦しむようになるが、キャラクター版権による収入が確保され、経済面では安定するようになった。

吉沢 やすみ(よしざわ やすみ、1950年〈昭和25年〉1月8日 - )は、日本の男性漫画家、同人作家、実業家。

娘は漫画家の大月悠祐子(かなん)。義理の息子(悠祐子の夫)は漫画家の大井昌和。

1970年(昭和45年)、貝塚の紹介で『週刊少年ジャンプ』に『ど根性ガエル』の読切り(吉沢 保己名義)を投稿。編集長の長野規の目にとまり、『週刊少年ジャンプ』1970年17号にて漫画家デビュー。その後すぐに同タイトルの作品を連載し、後に2度のアニメ化を果たすなど当時の『ジャンプ』を支える人気作となった。

『ど根性ガエル』のヒットにより、吉沢は23歳で一戸建の家を建てた。

その後アニメ化され、6年間毎年5〜6千万円は稼いだが、それが落ち着いたあと、当時の税理士のずさんな会計処理のため税務署の査察が入り1000万円以上の追徴課税を受け、さらに『ど根性ガエル』で稼いだ金は数年間の失踪中のギャンブル生活ですべて失った。

『ど根性ガエル』以降はヒット作に恵まれず低迷が続き、プレッシャーやスランプに苦しむようになる。何度か漫画の依頼があったもののペンを持つと手が震えるようになり、その後吐き気も止まらなくなり、思うように作品が描けなくなる。

その後は『ど根性ガエル』の続編として連載され、アニメ化もされた『新・ど根性ガエル』のヒットで一時盛り返したものの、その連載が終了した直後の1982年の秋から大晦日までの3か月間も精神的に追い詰められて失踪し、失踪中は麻雀やパチンコなどのギャンブル生活をしており、ビルの屋上から飛び降り自殺を図ろうとした。その後は無職で収入ゼロになり、生計を立てるため看護師資格を持つ妻が働きに出た。平成に入って完全に廃業状態になり、デパートで警備員として3年、赤羽駅で清掃員として1年半働いた。

転機が訪れたのは1990年代、テレビドラマ『ひとつ屋根の下』で江口洋介演じる柏木達也が、ピョン吉のTシャツを着ていたことで『ど根性ガエル』が再び注目され始めたことである。その後はピョン吉がパチンコ機やパチスロ機、大鵬薬品工業「ソルマック」のCMなどでキャラクターに起用されたり、ユニクロではTシャツが販売されたことでキャラクター版権による収入が確保され、経済面では安定するようになった。

2016年(平成28年)に日頃の不摂生により脳卒中を起こし緊急入院。一命は取り留めたものの左半身麻痺や視覚障害の後遺症を負っている。一時期は暴れて家に帰ろうとしたためベッドに縛り付けられた事もあった。その後、快復に合わせてリハビリを順調に続けている。

引用元:吉沢やすみ - Wikipedia

























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