4月6日は、アメリカイリノイ州シカゴ出身の女性フィギュアスケート選手である、ジャネット・リン(Janet Lynn)の誕生日です。1972年(昭和47年)の札幌オリンピック女子シングル銅メダリストである。その愛くるしい笑顔から「札幌の恋人」「銀盤の妖精」と呼ばれ日本中で人気を得、カルピスのCMにも出演した。1994年にアメリカ・フィギュアスケート界栄誉殿堂入り。
ジャネット・リン(本名:ジャネット・リン・ノーウィッキ、Janet Lynn Nowicki, 1953年4月6日 - )は、アメリカイリノイ州シカゴ出身の女性フィギュアスケート選手。1972年(昭和47年)札幌オリンピック女子シングル銅メダリスト。選手としてはファミリーネームを落とした名を使った。
シカゴの郊外で生まれた。3歳半で初めてスケート靴を履き、5歳からフィギュアの訓練を始めた。1966年、12歳でジュニアの国内選手権に優勝。
1968年には14歳で1968年グルノーブルオリンピックに出場した(9位)。グルノーブルオリンピックでは記者から「アメリカのもので何が一番恋しいですか?」と問われ、ハンバーガーと答えたことから、マクドナルドがアメリカ選手団に100個のハンバーガーを届け話題になった。その後、同大会で金メダルを獲得したペギー・フレミングがプロに転向すると、ジャネット・リンはアメリカ女子フィギュア界のエースとなった。1973年まで5年連続で全米選手権で優勝し、USレディース・シニア・ナショナル・チャンピオンの座にあった。
1972年(昭和47年)、18歳の時に札幌オリンピックに出場。フリーではシットスピンで転倒、尻もちをつく失敗があったものの、その美しい演技は芸術点で満点の6.0も出るなど高得点を獲得したが、当時のルールで重要視されていたコンパルソリーが苦手であったため、合計点で3位にとどまった。
その愛くるしい笑顔から「札幌の恋人」「銀盤の妖精」と呼ばれ日本中で人気を得、カルピスのCMにも出演した。
札幌オリンピックから1年後の1973年(昭和48年)にプロに転向。145万ドルという破格の契約金だった。
1984年に引退し、のちにスケートよりも家族のほうが大切と考えたと述べた。引退後も日本での人気も衰えず、1983年(昭和58年)にはTBSテレビドラマ『胸さわぐ苺たち』に本人役でゲスト出演。
1994年にアメリカ・フィギュアスケート界栄誉殿堂入り。
1998年(平成10年)の長野オリンピックではスポンサーであるマクドナルドにより長野オリンピック・スポークスパーソンに就任。長野オリンピック親善大使として来日し、選手村のマクドナルドオープニングセレモニーで挨拶を行った。マクドナルドのCMにも出演した。
2001年(平成13年)、世界フィギュアスケート殿堂入り。
2022年2月、札幌市は1972年札幌冬季五輪から50年を記念してジャネット・リンのメッセージを公開した。




















































