10月23日は、イギリス出身のシンガーソングライターでイギリスのハイエナジー・バンド「デッド・オア・アライヴ」のリーダー兼ボーカルを務めていたピート・バーンズ(Pete Burns)の命日です。ユーロビートの先駆けとなる音楽性と中性的な容姿が相まってたちまち人気を博し、1980年代にヒット作を連発し、中性的カリスマとしてカルチャー・クラブのボーイ・ジョージと人気を二分した。1985年に発売した「You Spin Me Round」が英国チャートで1位を獲得、17カ国で1位を記録する大ヒットとなった。2016年10月23日、急性心不全のため死去。57歳没。
ピート・バーンズ(Pete Burns、1959年8月5日 - 2016年10月23日)は、イギリス出身のシンガーソングライター。イギリスのハイエナジー・バンド「デッド・オア・アライヴ」のリーダー兼ボーカルを務めていた。
ピートは美少年であったにもかかわらず、顔に酷くコンプレックスを持っていたという。自分の顔が気に入らず顔に絵の具を塗ったり勝手に化粧するなどしていたという。10代の頃から髪を染め、眉毛を剃って奇抜なファッションに身を包むようになり、学校では浮いた存在になって登校拒否になった。
1980年、「デッド・オア・アライヴ」のボーカルとしてデビューした。1990年代のユーロビートの先駆けとなる音楽性と中性的な容姿が相まってたちまち人気を博し、1980年代にヒット作を連発し、中性的カリスマとしてカルチャー・クラブのボーイ・ジョージと人気を二分した。特に、1985年に発売した「You Spin Me Round」が英国チャートで1位を獲得、17カ国で1位を記録する大ヒットとなった。この頃はバンド・メンバーのスティーヴ・コイとも同性愛関係にあり、妻のリンとスティーヴと共に3人で暮らしていた。
ピートは経済的に成功を収め、欲しい物をすべて手に入れたが、幼年期から続く自分の顔へのコンプレックスは抜けなかった。
ピートは治療費を捻出するために、数々の世界的ヒットから得た貯金をすべて使い果たした。3億円の豪邸も売り払い、過去の楽曲の著作権も売り払った。また、再生手術を執刀したイタリア人医師から「顔が元に戻ることはない」と告げられ絶望の淵に落ちるが、その執刀医の「あなたにはまだ音楽が残っている」という言葉に励まされ彼は音楽活動を再開した。
その後も腎結石などの健康障害に悩まされたうえ、2014年12月に破産宣告を受けた。そして2015年4月には家賃未払いを理由に住んでいたアパートを追い出されるなど経済的には困窮していた。
2016年10月23日、急性心不全のため死去。57歳没。一文無しで亡くなったためファンがカンパで葬儀代を集めていたところ、80年代にデッド・オア・アライブと人気を二分したカルチャー・クラブのボーイ・ジョージが葬儀代を全額支払った。
























































