2025年1月31日金曜日

石野真子



1月31日は、歌手・女優の石野真子(いしの まこ)の誕生日です。1978年3月に「狼なんか怖くない」でレコードデビュー、以来2度の結婚・離婚を経て現在でも女優・歌手として活動を続ける。

石野 真子 (いしの まこ、1961年〈昭和36年〉1月31日 - ) は、日本の女優、歌手。別名:石野 眞子(読み同じ)。

兵庫県芦屋市出生(本人談)、同市伊勢町出身。フロム・ファーストプロダクション所属。日本テレビ『スター誕生!』出身。第20回日本レコード大賞新人賞受賞、NHK紅白歌合戦出場歴2回。実妹に女優のいしのようこ (旧表記・石野陽子)と宝乃純。

『スター誕生!』の合格を経て、石野の所属事務所はバーニングプロダクションに決まる。

1978年3月25日、デビュー・シングル「狼なんか怖くない」(作詞: 阿久悠/作曲: 吉田拓郎/ジャケット撮影: 篠山紀信)がビクターから発売。アイドル歌手として芸能界にデビューした。当時のアイドルには必ずと言っていいほどキャッチフレーズが付けられており、石野に付けられたものは「100万ドルの微笑」。ファースト・アルバム『微笑(ほほえみ)』の帯にもその記述が見られる。また、八重歯と垂れ目であることをチャームポイントにしていた。

12月31日、「失恋記念日」が第20回日本レコード大賞(TBSテレビ・ラジオ)新人賞を受賞。

1979年12月31日、「第30回NHK紅白歌合戦」(NHK総合・ラジオ第1)に『ジュリーがライバル』で初出場。石野は紅組のトップバッターとなり、この年の紅白歌合戦1曲目を歌った。

1980年1月1日、シングル8作目「春ラ!ラ!ラ!」発売。この曲は自己最大のヒットとなる。

1981年6月、シンガーソングライター・フォーク(当時)歌手の長渕剛と婚約・結婚を前提に交際宣言を発表。その際石野は同年8月末をもって、歌手活動を含めた芸能界からの引退を表明する。

1983年5月、離婚と同時に芸能界へ復帰の記者会見を開き、本格的な芸能活動の再開を発表する。主に女優として活動し、所属事務所はデビュー時のバーニングプロダクションと同じグループ会社のフロム・ファーストプロダクションへ移籍。

1990年、舞台共演がきっかけで親しくなった広岡瞬と2度目の結婚をしたものの1996年に離婚(石野にとって2度目の結婚と離婚)。

1990年代の女優時代には、刑事ドラマに出演する際に犯人役で登場することが多かった(「石野真子がまた犯人役で出ていて、結末のわかる配役に疑問」といった投書が新聞に掲載されたことがある)。

2004年、テレビ朝日系列の特撮テレビドラマ『特捜戦隊デカレンジャー』に、白鳥スワン役でレギュラー出演。サウンドトラック収録曲「MOTHER UNIVERSE」を、歌:白鳥スワン名義で歌っている。また、劇中では得意の算盤を披露していた。

2008年3月25日、デビュー30周年記念コンサート「昨日・今日・明日」を開催(原宿クエストホール)。当日は「狼なんか怖くない」発売満30年目の記念日であった。

引用元:石野真子 - Wikipedia






















特捜戦隊デカレンジャー - Wikipedia 白鳥スワン









2025年1月30日木曜日

松本典子 (歌手・女優・コメディエンヌ)



1月30日は、歌手・女優・コメディエンヌの松本典子(まつもと のりこ)の誕生日です。1985年にアイドル歌手としてデビューしたが、主な活躍の場は志村けんのコント番組でのコメディエンヌとしての活動だった。2024年に芸能活動を再開した。

松本 典子 (まつもと のりこ、1968年〈昭和43年〉1月30日 - ) は日本の歌手・女優・コメディエンヌ・タレント・司会者。本名、笘篠 美和子(とましの みわこ、旧姓:佐藤)。ノーリーズン所属。

日本の1980年代アイドル全盛期のさなかの1985年、17歳でアイドル歌手としてレコード・デビューした。いわゆる正統派アイドルであったが、19歳の頃の1987年に放送開始された志村けんのコント番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』に番組開始当初からレギュラー出演した事でお笑いデビューし、コメディエンヌとして主に活躍した。

1992年、24歳での結婚を機に事実上の休業状態であったが、2024年から芸能活動を再開した。

1985年3月21日、CBS・ソニーから『春色のエアメール』でアイドル歌手としてレコード・デビュー。また、同年公開のシブがき隊主演映画『バロー・ギャングBC』に出演した。ニックネームは「のりりん」の他、本名の佐藤美和子に因む「サミー」などだった。デビュー時のキャッチフレーズは「とどくかな、笑顔。」で、郵政省の「タイムカプセル2001」とタイアップした。

アイドル活動の傍ら、1986年開始のラジオ番組『キラキラサンデー アイドルじゃじゃうまランド』では、ラジオパーソナリティとして同期の浅香唯と漫才コンビそこのけの軽妙なトークを披露し、正統派アイドルとしてだけではない一面も披露した。その多面性を買われ、1987年開始のフジテレビ系のバラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』にレギュラー出演し、志村けんらと息のあったコントを披露。いしのようこと共に二枚看板となった。『ドリフ大爆笑』『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』など他のコント番組でも本領を発揮した。

2024年、芸能活動を再開した。また、ふだんは保育園で保育補助の仕事に従事しているという。

引用元:松本典子 - Wikipedia

























2025年1月29日水曜日

渡邊渚フォトエッセイ 透明を満たす



渡邊渚フォトエッセイ 透明を満たす

【本の説明】
フリーランスとして新たな活動をスタートさせた、渡邊渚のフォトエッセイが刊行決定。
本書のために書き下ろされた長編エッセイと、新境地を感じさせる充実のフォトパートで構成される一冊です。

【渡邊渚コメント】
このフォトエッセイは、渡邊渚を知っている人はもちろん、生きづらさを感じている人や病と闘っている人、それを支える周囲の人、同世代の将来に悩む女性など、様々な人たちに届いて欲しいと思って制作しています。
この本のために書き下ろしたエッセイと、新しい自分を表現した写真たち。27歳の今を全て出し切るつもりで、ただいま絶賛執筆中です。
みなさんの心に私の言葉たちが届くように思いと願いを込めているので、手に取っていただけたら嬉しいです。

(2024年11月28日 記)





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岡村孝子 (あみん)



1月29日は、歌手・シンガーソングライターで1982年に一世を風靡した「あみん」のメンバーでもある、岡村孝子(おかむら たかこ)の誕生日です。現在も急性白血病から復活し、ソロで活動している。

岡村 孝子(おかむら たかこ、1962年1月29日 - )は、日本の女性歌手、シンガーソングライター。あみんのメンバー。愛知県岡崎市出身。アルバムのセールス枚数は、総計600万枚を超える。

1981年、椙山女学園大学に入学。同大学星ヶ丘キャンパス在学中、同級生の加藤晴子とデュオの「あみん」を結成。

1982年春、ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)に出場。「待つわ」を歌い、グランプリを受賞。同曲は1982年のオリコン年間売上1位となるヒットを記録した。1983年「あみん」の活動を休止。

2007年、あみんとして活動を再開。同年12月31日に『第58回NHK紅白歌合戦』紅組で出場、デビュー曲「待つわ」を披露している。

あみんとして2008年に発表したアルバム『未来へのたすき』歌詞カードには、あみん活動再開後も岡村のソロ活動は並行して続いている(休止していない)ことが明記されている。

椙山女学園大学を中退後、花嫁修業などをしていた時もソロ活動を求める声があり、再度上京。ソロとして1985年にファンハウス(現:Ariola Japan)より岡村孝子としてソロデビューする。

1986年、来生たかおの「はぐれそうな天使」のカバーを歌ったところ、ホンダ・トゥデイのコマーシャルに起用、一気に人気度が高まる。当楽曲は現時点で詞・曲ともに自作でない唯一の楽曲。

1987年、「夢をあきらめないで」を発表。応援歌的な内容が幅広い層から支持を集め、岡村の代表作となった。当初は武蔵高等予備校のCMソングのタイアップがあった。 後年、中学校の音楽教科書「中学音楽 音楽のおくりもの 2・3 上」(教育出版刊)に採用されている。

「夢をあきらめないで」は、2005年公開の映画『逆境ナイン』の主題歌(原作者・監督の強いリクエスト)として起用された。リリースから18年たった2005年、デジタルリマスタリングを施し「夢をあきらめないで 『逆境ナイン』リマスタリング・バージョン」として再発売。当曲は、乙葉、金月真美など様々な歌手によりカバーされる。

OLが多い同世代の感性を表現した岡村の歌詞と楽曲が、若い女性を中心に支持を集め、90年代初頭に「OLの教祖」と称された。

2019年、6年振りのオリジナル・アルバム発売とコンサートツアーを予定していたが、4月17日に急性白血病との診断を受け入院。治療のため長期休養に入った。4月22日、所属事務所からオフィシャルサイトにて発表された。

9月20日、退院を報告。9月24日更新の公式サイトでは、臍帯血移植を経て、「移植後完全寛解」の状態にあることが説明された。

2021年7月3日、『THE MUSIC DAY』(日本テレビ)に生出演。病気公表後、2年2ヶ月振りのステージ復帰となった。

同年9月8日、デビュー35周年を記念して「T’s BEST」と名付けられた2枚のオールタイム・ベスト・アルバムを発表。

引用元:岡村孝子 - Wikipedia




















あみん - Wikipedia 岡村孝子と加藤晴子の2人による女性歌手グループ



2025年1月28日火曜日

Mac Fan 2025年3月号 2025/1/29発売! 表紙に中島健人



ありがとう通巻500号! Appleシリコン搭載Macをなるべくお得に手に入れたい!

●A PEOPLE ON THE COVER
【中島健人】

●第1特集
Intel Macからの「買い替え」はもちろん
Windowsからの「乗り換え」も大歓迎!
【U15万円で手に入る! 今買うべき新世代Mac】
止まらない「物価高」が皆さんのおサイフを直撃している昨今。新しいMacが欲しいけど、少しでも出費を抑えたい...。そう考えている人も多くいらっしゃることでしょう。「使っているIntelMacの動作がそろそろ限界」「WindowsPCからの乗り換えを検討中」など、さまざまなニーズに応えるべく、15万円以下という条件で、“低価格でも快適に使える”おすすめのAppleシリコン搭載Macをまとめました。新品、中古、整備済み品で購入する方法や想定される活用シーンなどをもとに、自分に最適なモデルを見つけてください。

●第2特集
「Galaxy AI」「Gemini」と何が違う?
Apple純正AIの実力と戦略を探る
【Apple IntelligenceとスマホAIの現在地】
現在、AppleIntelligenceは米国英語のみの対応となっているため、日本のユーザの関心は限定的かもしれません。しかし実際には、日本語環境でも利用できる便利な機能が豊富に揃っています。本特集では、AppleIntelligenceの最新情報を詳しく解説しながら、スマートフォンでのAI活用が私たちのデジタルライフをどのように豊かにするのかを探っていきます。

●第3特集
ワンランク上のスキルを身につけて
情報整理力を向上させよう!
【Macの「メモ」最強使いこなしテク】
Macに標準搭載されているApple純正の「メモ」を十分に使いこなしていますか? もし、メモをテキストで書き留めるだけの使い方しかしていないなら、それは実にもったいないことです。現在のMacの「メモ」には便利な機能がたくさん搭載されているので、もっと有効に活用しましょう。メモを取るスキルを向上させれば、プライベートでもビジネスでも多方面で役立ちます。これまでメモを取る習慣がなかった人は、この機会に本気で「メモ活」を始めてみましょう。

●PICKUP
【林檎職人】グラフィックデザイナー・MQ
【定番ソフト自由自在】マップ
【MacBook裏メニュー】iPhoneミラーリングを活用する
【宮本佳林のDTMでは研修生】Abletonの音楽制作ツールを試す
【運想会社pAple】目指すは「投資」をインフラに! 「ウェルスナビ」が頼りになる理由


●NEWS
・VisionProが起こす映像革命「劇場版バクチク現象」の裏側
・人生を“映画”のように切り撮れる! iPhoneアプリ「Kino」を試す
・日本のWi-Fi環境はどうなるのか? 国内電波政策の最新動向を探る
・CES2025で発見!注目の次世代ソリューション5選
・“Siriプライバシー訴訟”の裏側、音声データは悪用されたのか?
・「MacOSX」登場25周年、Appleの革新を支えたOSの軌跡
・AI推論技術「ReDrafter」、LLMの新たな可能性を切り拓く


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石ノ森章太郎 (石森章太郎)



1月28日は、「サイボーグ009」「佐武と市捕物控」「さるとびエッちゃん」「仮面ライダー」「変身忍者 嵐」「人造人間キカイダー」「ロボット刑事」「秘密戦隊ゴレンジャー」「マンガ日本経済入門」「HOTEL」等数々の漫画やアニメ・特撮物の原作を描いてきた、漫画家の石ノ森章太郎(いしのもり しょうたろう)の命日です。1998年(平成10年)1月28日、リンパ腫による心不全のため死去、60歳没。

石ノ森 章太郎(いしのもり しょうたろう、1938年〈昭和13年〉1月25日 - 1998年〈平成10年〉1月28日)は、日本の漫画家。本名は小野寺 章太郎(おのでら しょうたろう)。1984年までは「石森 章太郎」の表記を使用していたが、この時期には「いしもり しょうたろう」と呼ばれるのが通例だった。

SF漫画、ギャグ漫画から学習漫画まで幅広いジャンルの作品を量産し、“漫画の神様”手塚治虫との対比で「漫画の王様」、「漫画の帝王」と評された。

代表作は『サイボーグ009』『佐武と市捕物控』『009ノ1』『さるとびエッちゃん』『人造人間キカイダー』『マンガ日本経済入門』『HOTEL』など。仮面ライダーシリーズやがんばれ!!ロボコンを始め、特撮作品の原作者としても活躍した。

昭和30年代から昭和40年代の高度経済成長のアニメなどテレビ放送網の開始時期に、漫画の世界で新しい手法の開発者として目立った存在の漫画家であった。多様な分野と作風の中でも特にSF漫画で他への影響が手塚と並んで大きく、いわゆる手塚風漫画の中で最もスタイリッシュな作風で、各時点での新鮮な画面コマ表現と少女漫画にも通用する滑らかな線をもち、昭和40年代始めごろには漫画の王様と呼ばれていた。この時期の作風は、SF(S&F)性・詩的叙情・アクションを含むことが多かった。それらの要素は1971年に放送開始された『仮面ライダー』以降、徐々に特撮作品へと移っていき、執筆する漫画の傾向は青年漫画や学習漫画など幅広いものとなっていった。

1989年(平成元年)、漫画には「面白い、おかしい」だけではない多数の表現が可能になったとして、漫画の新しい呼び名「萬画」を提唱し「萬画宣言」を発表した。以降は自らの職業を「漫画家」ではなく「萬画家」と称した。没後の2007年末には、500巻770作品におよぶ個人全集『石ノ森章太郎萬画大全集』(角川書店)が、一人の著者による最も多い漫画の出版の記録としてギネス・ワールド・レコーズに認定されている。テレビ原作者(アニメ・実写)としてのクレジットは放映期間のべ六十数年分に及び、野村胡堂、長谷川町子らを凌駕して国内最高で、2020年現在も更新し続けている。

妻の小野寺利子は石森グループ会長。息子に俳優の小野寺丈(長男)と石森プロ社長の小野寺章(次男)がいる。脚本家の石森史郎は従兄弟。小説家の今野敏ははとこ。

1992年(平成4年)4月、突然高熱を出し入院する。風邪によく似た症状だったが、検査の結果悪性リンパ腫と診断された。その後も闘病生活の傍ら執筆活動を続けたが、1997年秋に病状が悪化し再入院。1998年(平成10年)1月28日、東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院でリンパ腫による心不全のため死去、60歳没。還暦を病院で迎えてから僅か3日後のことであった。

引用元:石ノ森章太郎 - Wikipedia















2025年1月27日月曜日

森山愛子 (歌手)



1月27日は、演歌歌手・タレントの森山愛子(もりやま あいこ)の誕生日です。歌手デビューに際しアントニオ猪木に「森や山など自然を愛する子」の意味を込めて「森山愛子」の芸名を命名される。2024年内での活動休止を発表した。

森山 愛子(もりやま あいこ、1985年1月27日 - )は、日本の演歌歌手。

本名:大森 愛美(おおもり あいみ)。以前は歌手活動と並行して、テレビでのリポーターや女優としても活動。所属事務所はティアンドケイ・ミュージック。所属レコード会社はユニバーサルミュージック。

栃木県宇都宮市出身。栃木県立塩谷高等学校卒業。2000年、高校1年生の時、日本テレビ『ルックルックこんにちは』の「女ののど自慢女子高校生大会」に出場したことが縁で、作曲家の水森英夫にスカウトされて弟子入りする。当日の歌唱曲は島津亜矢の「都会の雀」。

介護福祉士とホームヘルパー1級の資格を取得している。なお、ホームヘルパーよりも介護福祉士の方が上位資格のため、重複取得の必要はないが、これは栃木県立塩谷高等学校の社会福祉科がホームヘルパー1級の資格取得を卒業の条件にしているため、在学中にホームヘルパー1級を取得し、卒業後に介護福祉士国家試験を受験して合格したためである。

約3年半にわたるレッスンを受けながら高校卒業後に上京し、知人を通じて猪木事務所の社員として勤務。その後、社長のアントニオ猪木に「森や山など自然を愛する子」の意味を込めて「森山愛子」の芸名を命名される。

尚、今も猪木事務所に所属するタレントと誤解される場合もあるが、あくまでも歌手デビュー前の社会勉強として勤務して居たものである。

2004年5月19日に東芝EMIより演歌歌手としてデビュー。キャッチフレーズは「闘魂の歌姫」。デビュー曲『おんな節』のジャケットの題字も猪木が書き、デビューイベントとデビューから半年後のパーティーでは猪木から闘魂注入のビンタを受けている。同年の年末には、『第37回日本有線大賞』新人賞、および『第46回日本レコード大賞』新人賞を受賞。

2005年5月7日から2012年3月31日まで、TBS『王様のブランチ』の第23期ブランチリポーター(ブラン娘)として、歴代リポーター(ブラン娘)としては最長の6年10ヶ月にわたって出演していた。

番組内では、「愛ちゃん」「愛コブッシー」の愛称で親しまれ、自身が出演していた番組内のコーナーの「本のコーナー」「エンタメデミダス」「テレビコーナー」「買い物の達人」「Brunch MUSIC BOX」「トレンド@ちゃんねる」「ブランチおすすめディズニー・ナビ」などのコーナーでは、自身の本業の「演歌歌手」としての、持ち前の優れた歌唱力を披露し、『演歌歌手・森山愛子』としての知名度向上にも貢献した。

2024年内での活動休止を発表した。

引用元:森山愛子 - Wikipedia


















ジェロと共に


アントニオ猪木と共に



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